【小説・ヴィーナス症候群】[638]論理ピープル
フリーの「トルソーさん」弓張渚、その日の現場は大人ガーリー系ブランド「clematis & nest」。
もうアトリエは夏物に入っている。
今日撮るのは、落ち感のあるキャミワンピ。
細いストラップが肩にかかり、布はなめらかに落ちる。
白ホリの前で、シャッターが切られる。
そのとき。
ぷつん。
照明が落ちた。
「……予備のタマねえのか?」
カメラマンが苛立つ。
「切らしてて……」
「トルソー呼んで来てる時に何やってんだよ! 残業代発生すんだからな!」
現場の空気がぴりつく。
デザイナーが渚に向き直る。
「ということで渚ちゃん、ちょっと庶務かどこかで待ってて」
⸻
渚は台を降りる。
控室に入り、義手を付けて休憩モードに切り替える。
「よし」
軽く指を動かす。
機械的な音が、小さく鳴る。
⸻
庶務室。
伝票を切っていた塩釜さゆりが顔を上げた。
「あら、渚ちゃん」
「なんか現場照明切れたみたいで」
渚は椅子に腰掛けた。
「塩釜さんって、大学は心理学科だったんですよね?」
「そうよ」
「最近こう……心理的にどうなの?って思うようなことがあって」
塩釜はにやりとする。
「え? もしかして恋?」
「そんなわけないじゃないですか」

渚は真顔に戻る。
「最近ネットなんか見てると、なんかお利口さんで論理的っぽい感じなのに、平気で差別したり弱いものいじめしたり……見てられないんですよね」
塩釜は「ああ」とうなずく。
「外国人とか、リベラルとか、フェミとか。そのうち障害者に来るんじゃないかと思って」
塩釜は即答した。
「あ、そんなの心理的にめっちゃ説明つく」
指を折るように言う。
「①道徳的自己正当化②公正世界仮説③地位不安④認知的優越感⑤脅威の再ラベリング⑥感情の否認」
「……多いですね」
「要はね、相手に対する想像力のないお子ちゃま」
塩釜はさらりと言う。
「まあ、そういう連中が多数派になってるんだけどね」
渚は苦笑する。
⸻
「そのうち義手が個人負担とか、そんなことにならないでしょうね? なんて思うんですよね」
義手の金属指が、膝の上でわずかに動く。
「でまた、例の論理的っぽい人が
『自分で稼げばいいだけ。はい論破』
なんて言い出しそうで……」
塩釜は深く息を吐く。
「論理ピープル困るよね」
「困りますよね」
「論理は道具なのに、アイデンティティにしちゃうから」
⸻
そのとき、後ろから若い撮影スタッフが飛び込んできた。
「タマ買ってきました! 撮影再開です!」
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