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【小説・ヴィーナス症候群】(317)泣かれて、詩のネタにされて

第1章 新宿のショットバー

歌舞伎町の裏路地にある小さなショットバー。
カウンターの奥では、店員のソータがグラスを磨き、常連のナナセと世間話をしていた。

「今日はね、小学校から高校まで一緒だった幼なじみを連れてくるから。そろそろ来ると思う」
「お、楽しみ。金沢だっけ?」
「そう」
「金沢にまだ住んでる人?」
「違う違う。東京に出てきて、義手工場で働いてる」
「ぎ、義手?」ソータの手が止まる。
ナナセは小さく肩をすくめた。「その子……両腕がアレなのよ。生まれつき」
ソータはそれ以上なにも言えず、グラスを置いた。

やがてドアが開く。
「遅れちゃった、ごめんね」
「いいよ別に。こっちも適当にやってたし」ナナセが振り返る。
「えー、ナナ、こんなとこ行きつけにしてるんだ。高いんじゃない?」
「新宿じゃ良心的な方だよ」

ソータが目を丸くする。
「えー、ナナセちゃん、こんな真面目そうな友達いるんだ」

ナナセは笑った。
「高校の頃はどっちもかなりのギャルだったんだよ。白菊女子高っていう金沢で一番スカート短い学校だったから」

結菜も思い出して笑う。そして金沢弁に戻る。
「そうそう。警察がギク女に来てぇー、“市内の盗撮事件の被害者、半分あんたらやぞ”って言いに来たんやったね」

第2章 ギク女の同級生たち

ショットグラスをあおりながら、結菜が話題を振る。
「そういえばさ、コダマ離婚するらしいって聞いたけど、はやない?」

「しゃーないげんて。旦那のDVひどいらしいし」
ナナセは苦い顔をした。

「じゃあシングルマザーけ? 稼げとるん?」
「それなんよね。他の子も心配しとってぇー。生活保護ちゃうけ?って話になっとるわ」

ソータが口を挟んだ。
「みんな大変なんだね」
「そうだよ。ギク女はみんなロクデナシだから」ナナセは自嘲気味に笑った。

第3章 サベ子

ナナセがふと思い出したように言った。
「ってかさぁ、桜橋中で小柳美鈴ってぇー、おったよね。サベ子」

「げ、思い出したくねぇわ」

「今なにしとるか、知っとる?」
「知りたくもない。もし幸せに結婚しててぇー、子どもにも恵まれとったら、殺しに行くかもしれん」

「紅微塵子」
「あ…どっかで聞いたことある気がする」

「あの子、詩人でブレイクしとってぇー、Vtuberのぬぽぺに作詞提供しとるんよ」
「ぬぽぺちゃんやったら知っとう。歌うまいよね。ってか、えーーーっ!?」

「うちらのこともさんざん詩のネタにされとるわ。『いじめられた心の傷がどうたら』っちゅう感じでさ」
「ちょっと……誰か殺しに行って……」

第4章 金沢の頃のこと

結菜は金沢の犀川に面した百姓町小学校の出身だ。
犀川を挟んで向かいにある寺町小学校の生徒たちと合流して、桜橋中学校へと進む。

入学初日のこと。
新しい制服に袖を通して登校した結菜は、教室に入った途端、甲高い悲鳴を浴びた。

「キャーッ!義手!怖い!気持ち悪い!」

叫んだのは、寺町小から来た小柳美鈴という子だった。

その隣で同じ寺町小出身の同級生が冷笑混じりに言った。
「それ差別やよ。漫画ばっか描いとらんと、現実見や」

美鈴は寺町小の頃から浮いた存在で、「イタコ(=痛い子)」と陰口を叩かれていた。
人見知りが強く、好き嫌いも激しい。
空気が読めずに突拍子もないことを口走るので、馬鹿にされやすかったのだ。

桜橋中でも状況は変わらず、彼女はすぐに「サベ子」と呼ばれるようになった。

第5章 板挟みの母

「あんた、障害者の子差別したんやって? 恥ずかしいことせんといて!」
美鈴の母は娘をきつく叱った。

だが、美鈴には母の言葉が「世間と一緒に自分を責める声」としか響かなかった。

母は板挟みだった。
常識的に「差別はよくない」と言っても、娘からは「毒親」と決めつけられる。

ついには学校に出向いて「結菜ちゃんを特別支援学校に通わせることはできないでしょうか」と平身低頭で頼んだことすらあった。

担任は目を白黒させ、「何を言ってるんですか」と取り合おうともしなかった。

第6章 文化祭

美鈴の唯一の話し相手は、美術部の顧問である美術教師だった。

文化祭で展示された彼女の絵は来場者に好評だった。
「この子の絵はすごいね」

褒められて、美術教師も嬉しそうに言った。
「この子すごいげんよ。イラストレーター目指しとるさけ」

しかしその場に結菜とクラスメイトが居合わせた。
「ほー、あの子にも夢とかあったんけ」
「ウケるじー」

教師は「割出……」と声をかけかけたが、事情を知っているだけに強くは言えなかった。

美鈴にはそれが「先生すら守ってくれなかった」と映った。

以後、ついに学校に来なくなってしまった。

第7章 結菜の選択

結菜には公立の小立野高校に進める学力はあった。

しかし彼女が選んだのは白菊女子高――「白パンツ女子」「ギク女」と揶揄される、金沢で最もスカートが短いと言われるギャル高だった。

担任は止めた。
「なんで白菊女子なん? 言わんなんけど、おまえの行く学校やないぞ」

結菜は涙声で叫んだ。
「さんざんロボット言われてきた私の気持ち、先生にわかるんけ!」

第8章 ポエムのネタ

ショットグラスを空けて、結菜は軽い調子で言った。
「で、どんな詩書いとるん? あのサベ子が」

ナナセはすぐスマホを取り出して、画面見せた。
「ほら。今SNSで回ってきたやつ。紅微塵子や」

液晶に浮かび上がったのは、行間をたっぷりとった短い詩。

同情ランク
怖くて泣いたのは
私だったのに
私は「傷つけた加害者」
かわいそうランクの表では
私はいつも下
涙のしずくさえ
加害の証拠

便所飯
みんなで食べると笑われるから
ひとりで食べるとバカにされるから
選んだのはトイレの個室
便座の蓋が 私の食卓
BGMは ドアを蹴る音
弁当のフタを開ける音を
水を流す音にまぎれさせながら

結菜は一瞥して鼻で笑った。
「……まともに読んどったら頭おかしなりそうやわ」

ナナセはスマホ戻して、氷とけたグラスくるくる回した。
「でもさ、こーいうが今の子には刺さるんやって。わかりやすうてぇー、痛いぐらいに」

結菜は黙り込み、視線をカウンターに落とした。
ショットバーの淡い照明が、彼女の金属の義手を照らしていた。

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