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【小説・ヴィーナス症候群】(18)一つの福祉系NPO法人として

ヴィーナス児――
この呼び名が世間に広まったのは、つばさがまだ小学生の頃だった。

両腕のない状態で生まれてくる女の子が、なぜか一定の頻度で報告されはじめ、ある深夜のドキュメンタリー番組が彼女たちを「ミロのヴィーナス像になぞらえた子どもたち」と紹介した。
これが2サリドマイド事件である。

そこから“ヴィーナス児”という言葉だけが、妙な速度で独り歩きを始めた。
社会が見たのは「象徴」であり、「話題」だった。

階上(はしかみ)つばさも、その“うちのひとり”だった。
当時のメディアが好んで撮ったのは、足で習字を書く姿や、義手を外してリコーダーを吹くようなカット。
彼女自身が望んだわけでも、注目を浴びたわけでもなかった。
ただ、両腕のない子どもが複数人現れたという“現象”の一部として、そのフレームに収まっていただけだった。

――けれど、その現象は、ある出会いを生み出した。

自分の子がヴィーナス児として生まれてきたことに戸惑いながら、孤立しがちだった母親たちが、全国でぽつりぽつりとつながり始めたのだ。

最初はほんの数人。発足当初は、住所録も手紙のやりとりだった。
「親の会」として細々と始まったその集まりは、やがて医療や義肢、教育の専門家を巻き込み、「コルチカムの会」という団体へと成長していった。

定期的な交流会、支援相談窓口、義手メーカーとの意見交換、そして――サマーキャンプ

年に一度、全国のヴィーナス児たちが集まり、開脚を中心とした訓練と交流を行うこの合宿は、「全国上肢先天欠損児支援交流合宿訓練会」という長い名前を持ち、各省庁の補助金対象事業にもなっていた。



つばさが初めてそのサマーキャンプに参加したのは、中学1年の夏だった。

開催地は、長野の北志賀高原。
訓練用のシートが敷かれた草原で、足を開き、上体を倒し、また開いて、また倒す。
とにかく開脚、開脚、開脚。

「腕がない分、脚を使えるようになりなさい」という口調に、最初は反発したくもなった。
でも、必死に訓練して、できることが増えていくと、心の中で少しだけ世界が広がった気がした。

夜はホテルに戻って、同室の子たちと寝転がりながら話し込む。
義手の話、学校の話、体育座りの話、義手を外した瞬間の「はあ~」っていうあの脱力感の話。

「体育のとき、“今日は無理しなくていいから”って言われるの、たぶん配慮なんだけど…」
「でも、それ言われたら、もう“がんばりたい”って言えなくない?」

そうやって、足で枕を投げながら、誰かがつぶやく。

「ヴィーナス児って、名前だけはなんかカッコいいよね」
「でも中身は地味に筋トレ多い」

笑い声が止まらなくて、ベッドから誰かの足が床に落ちても、誰も起き上がろうとしなかった。

そのときつばさは、ふと思ったのだ。

「こんな時間を、自分が誰かに渡す側になれたらいいな」

その気持ちが、彼女の中でじんわりと根を張っていった。

現在、階上(はしかみ)つばさは「コルチカムの会」の事務局に籍を置いている。
法人格を取得し、補助金交付対象にもなったその団体は、今や全国に支部を持つ規模にまで育っていた。
だが、規模が大きくなればなるほど、現場を回すための事務作業は膨大になる。

そして、その多くを、彼女が担っていた。



つばさの目の前にあるのは、「全国上肢先天欠損児支援交流合宿訓練会 実施報告書」の再修正版。

厚労省からの連絡により、交通費内訳の積算根拠の部分にミスが見つかったのだ。

「対象者区分ごとの明細が不足しています。再提出をお願いします」

何気ない一文の裏には、別ファイルにある約80名分の参加者の交通費記録を一から集計しなおす作業が潜んでいる。

Excelの関数が飛び、マクロがエラーを吐く。義手でマウスを握り直し、肩の角度を調整してもう一度クリック。
それでもカーソルが飛びすぎて、何度も戻る羽目になる。

クリックが決まらないたびに、ソケットの中の空気がむっと蒸れ、つばさの肩に鈍い熱を残した。



昼過ぎ、宿泊施設から電話がかかってきた。

「義手を外して入浴するお子さんがいらっしゃるとのことで…更衣室の配慮について伺いたくて」

つばさは丁寧に応対しながら、並行して資料フォルダを開く。
過去の対応例を確認し、宿側に送るための「入浴時の配慮事項ガイド」を再編集。
ついでに、厨房にも「足で食器を扱う児童がいるため、配膳を工夫してもらいたい」とお願いの電話をかける。

その最中にも、別の参加者の保護者から「交通費の振込がまだです」との催促メールが届く。

確認すると、記載口座がネット銀行だったため、振込システムがエラーを起こしていた。
「再送依頼」「修正フォームの作成」「振込再設定」――すべてつばさの仕事だった。



夕方、義手の肩に疲労がたまる。
ソケットの縁が押し付けるように肌を圧迫し、じんわりと鈍痛が残る。

それでも、郵便物のチェックを終えなければならなかった。
届いたばかりの誓約書を一枚一枚、封筒から出し、記入内容を確認。
日付の空欄、押印のかすれ、スキャン画像との不一致――そのたびに返送対応が必要になる。

封筒を一枚ずつ閉じる動作も、肩義手ではスムーズにはいかない。
それでも、ゆっくりと、ていねいに指先で紙を折り返す。



夜、事務所に残ったのはつばさ一人だけだった。

アンケートフォルダを開くと、去年の蒜山キャンプの記録が並んでいる。
あのときの子どもたちの言葉が、そこにあった。

「つばささんの動画を見て、“わたしも行けるかも”って思った」
「つばささんが笑ってたのを見て、自分のことちょっとだけ好きになれました」

画面を見つめながら、つばさは少しだけ微笑んだ。
彼女はかつて、ただの一ヴィーナス児にすぎなかった。
それでも今、「つばささん」と名前で呼ばれ、思い出されている。

足で紙をめくり、義手でマウスを動かし、肩の痛みをごまかしながら、彼女はまた一つの書類を完成させる。

――あの夏を、次の誰かに渡すために。

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