【小説・ヴィーナス症候群】(29)カイカクの俎上
「また落ちた。ESもダメ、一次もダメ」
「隣の学部なんか、内定出たのあの子だけだってさ。ヴィーナス児の子」
大学キャリアセンター前の掲示板には、春採用の求人票と、数少ない「採用決定」の貼り紙。
リクルートスーツの学生たちが、その前で小さくため息をついていた。
「義手つけててもパソコンも料理もできるって、もう普通じゃん。
企業的には“多様性アピール”にもなるし、そりゃ採るよな……」
「なんかもう、“何もない自分”が一番しんどいんだけど」
会話はいつの間にか、“選ばれる人”と“取り残される人”の話になっていた。
誰かを責める気持ちではなく、それでもにじみ出る焦りと諦めが、場の空気を曇らせていた。
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その数日後、SNSのトレンドに「#ヴィーナス児」「#障害等級のアップデート」が上がり、
議論は社会全体のテーマへと広がった。
国会で登壇したのは、衆議院議員・五条誠司。
30代前半、元高校サッカー部キャプテン。
「文武両道の叩き上げ」として知られ、政治家となってからも、スーツにノータイ、軽快なフットワークでメディアに登場する。
彼は演壇でまっすぐ前を見て、こう語った。
「いわゆるヴィーナス児の皆さんが、社会の中で活躍する姿には、私も何度も勇気をもらいました。
義手が進化し、できることが増えた今、“障害者等級1級”を今のままにしておくことが果たして公平でしょうか?」
国会中継の切り抜きはすぐSNSで拡散され、さらに会見の場ではこう続けた。
「1級と2級では、受けられる年金の額も、交通・医療・就労支援もまったく違います。
“できる人”にまで最大限の支援をする仕組みが、今の社会に合っているかどうか――
私は、制度をアップデートすべきだと思います」
その口調は爽やかで、説得力があり、サッカー部時代からの“誠実さと行動力”がにじむようだった。
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都内の自宅で、そのニュースを見ていた主婦・村内凛は、テレビの前で立ち止まった。
「……五条くん?」
画面の中の政治家の名前と顔を、脳がなかなか一致させられなかった。

福井県敦賀の中学校で、彼とは同じクラスだった。
成績は優秀、スポーツもできて、なにより誰よりも“自信に満ちた目”をしていた。
「地元の高校には行かない」
そう言っていた彼は、実際には原子力発電所に勤める父親の転勤で大阪に引っ越していった。
先生さえも言い負かすような口調と、周囲に流されない姿勢。
あの頃と何ひとつ変わっていない。
けれど今、その言葉の矛先にあるのは、自分の生きてきた制度そのものだった。
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村内凛――ンジャメナパラリンピックで金メダルを取った疋田凛、その人だった。
引退後は車椅子陸上の選手と結婚し、今は都内で暮らしている。
水泳の指導者として子どもたちを教えながら、障害者水泳協会の広報担当理事を務めていた。
「コメント、出しますか?」
「“等級アップデート”って言葉、強いです。協会のスタンス問われますよ」
広報会議でのやりとりに、凛は黙っていた。
「水泳のとき、私は義手を外します。……そのとき、私は障害者です」
静かな口調だったが、その一言に会議室の空気が変わった。
技術の進化で“できること”が増えたとしても、
義手を外したとき、そこにあるのはただの“不便さ”ではなく、“見えない断絶”だった。
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画面の中で、五条が記者の質問に笑顔で答えていた。
「僕もスポーツをやってきた人間として、“限界を超える力”は信じています。
でも、支援は“できること”ではなく“必要なこと”に焦点を当てるべきです。
ヴィーナス児の皆さんに、今一番必要なのは、制度の“アップデート”だと思っています」
凛はテレビを消した。
義手の手で、自分の膝をそっと押さえながら目を閉じる。
スポーツマンが信じる“強さ”と、
当事者が知っている“支え”の違いが、そこにはあった。
