【小説・ヴィーナス症候群】(598)冬のレースクイーン
フリーの「トルソーさん」弓張渚の次の仕事は、西土浦にある国立先端医工学研究センターだった。
いつも使っている筋電義手、その肩の筋電を測定するための新しい装置を、この研究センターと、筋電パッドの最大手である京洛マテリアルズが共同で開発しているのだという。
京洛マテリアルズといえば、渚がレースクイーンの仕事をするようになったきっかけの会社でもある。(第284話)
そもそもは大手素材メーカーで、筋電パッドはその一部門に過ぎない。
だからといって、義肢屋の案件でまでレースクイーンの格好をしろ、というのは、正直ちょっと違うんじゃないかと思った。でもそれは会社の意向だという。
渚は諦めて、白いハイレグ衣装をバッグに詰め、土浦行きの高速バスに乗った。常磐線で行くより高速バスの方が安い、というのは、トルソー仲間の戸頭紬からの受け売りだった。
西土浦で降り、筑波参宮鉄道というローカル線に乗り換える。車窓の景色を眺めながら、これから研究室でレースクイーン姿になる自分を想像して、少しだけ苦笑する。
研究センターに着くと、京洛マテリアルズの担当者が説明してくれた。社内報に載せたいのだという。ウェルフェア事業部の存在感を示したいのだ、と。
要するに、京洛マテリアルズの中で筋電パッドを作っているこの部署は、花形ではなく、いわば負け組らしい。
渚はそういう雑な理解で納得することにした。
確かに、こんな研究室のような場所でレースクイーンの格好をしていれば、存在感は出るだろう。でも、御社の女子社員はどう思うんだろうか。まあ、それは一介のトルソーが考えることではない。ギャラさえもらえれば、こちらとしてはどうでもいい。
更衣スペースで白いハイレグ衣装に着替え、義手を外す。その、義手を外した肩に、筋電の電極が取り付けられていく。ケーブルが肌に沿って下り、計測装置につながれる。
研究センターの研究員が、淡々と質問を投げる。渚はそれに淡々と答える。レースクイーン姿で筋電測定を受けているという状況は、どう考えてもシュールだった。
その様子をカメラマンが黙々と撮影している。少し離れたところでは、京洛マテリアルズの偉いさんらしき人物が、鼻の下を伸ばしながらその光景を眺めていた。
冬の研究室は静かで、白い照明だけがやけに明るかった。

