【小説・ヴィーナス症候群】[596]おしい生活
柴伏みのりは、地元の市のまちづくり推進協議会に招かれ、市民ホールの壇上にいた。
先天性尾部後退症で下半身がなく、普段はナレーターとして言葉を生業にしている。
「私の生活は、不自由というより“おしい”んです」
行けないわけじゃない。
でも、車椅子で行こうとすると一段の段差で止まる。
友だちに誘われたカフェは入口が狭くて入れない。
評判のイタリアンは、トイレが使えなくて諦める。
「おいしいごはんも、楽しい時間も、ほんの少し手前で終わる。
それが“おしい生活”です」
会場が静まり返る。

「スロープが一本あれば、扉があと五センチ広ければ、
その“おしい”は“当たり前”になります」
みのりは、いつもの仕事と同じ落ち着いた声で続けた。
「特別扱いじゃなくていいんです。
誰にとっても、生活がちゃんと届く街であってほしいだけなんです」
拍手は、想像より長く続いた。
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