【小説・ヴィーナス症候群】[671]花びらを
花びらを——いや、それだけでなく、山の稜線や稲穂、そして魚の意匠まで組み込まれたマークが、水着の胸元に静かに浮かび上がっていた。
白い背景のスタジオで、竹ノ森香澄は立っている。
人見女子体育大に通う彼女にとって、これは競技とは別の「仕事」だった。スポンサーである仙台の企業「百文サプライ」の広告撮影。
米・大豆・魚——東北の食材にこだわったサプリメント。その理念を、身体で示す。
「いやぁ、香澄ちゃん、杭州の大会では銅メダルとはね。もうちょっと大々的に記者会見すればいいのにね」
モニターを見ながら、社長が笑う。
香澄は、少しだけ視線を外して答える。
「実際にしたんです。ところがその日にサッカーの三崎太朗と畑柚月ちゃんの婚約会見が入っちゃって」(第534話)
「ああ、あの日か!」
スタジオに軽い笑いが広がる。
「師匠もガックリしてました。まあ畑柚月の婚約はおめでたいんですけど」
「師匠って誰?」
「大学の先輩の村内凛さんです」
「村内……?」
「結婚したので苗字変わりましたけど疋田凛さんです」
一瞬、社長の動きが止まる。
「疋田……ああ!あのンジャメナの『ヴィーナス・スマイル』!」(第2話)
「ご存知ですか?」
「そりゃもう有名だよ。あんなにパラリンピックが注目されたことなかったんじゃないかな」
香澄は小さく頷いた。
水の中でしか知らなかった名前が、こうして陸の上でも語られる。そのこと自体に、まだ少しだけ不思議さが残っている。
「じゃあ、次いきましょう。少し腰を入れて、そう、そのまま」
カメラマンの声。
シャッター音が連続する。
花びらのようにも、稲穂のようにも見えるマークが、光の中で静かに揺れた。

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