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【小説・ヴィーナス症候群】(50)改革に挑む青年議員・財務省の牙城に乗り込む

衆議院議員会館・五条誠司事務所 第1会議室

(20XX年4月中旬・午後)

「“できるのに1”──それ、制度が時代に追いついてないってことだよな?」

ホワイトボードにマーカーでそう書きつけながら、五条誠司は振り返った。30代前半。情熱とスピード感を武器に、与党を外れた改革派の旗を掲げる若手議員だ。

「技術が進歩してるのに、制度が昭和のまま。これ、見直さない方がおかしいでしょ」

スタッフたちはそれぞれ資料やSNSの反応を見ながらうなずいていた。広報の塩谷はタブレットを指差した。

「“#未来の障害支援”ってタグ、トレンド乗ってます。“できるようになったら支援から卒業”って文脈、かなり響いてますよ」

「“守る支援から、育てる支援へ”。そこだよ、キーワードは」

五条が手を止めたタイミングで、有馬大翔が静かに言った。

「……制度を“削減方向”で見直すなら、財務省が味方になるかもしれません。主計局です。社会保障費の合理化には常に関心があります」

「財務省、か。なるほどね……厚労省が動かなくても、財務が背中押せば話が変わるかもしれない」

五条の目が冴えた。

「それ、乗ってみよう。俺たちが“支援の新しいかたち”を先に描くんだ。
制度にぶら下がるんじゃなくて、制度を変える側に回る——それが政治家の仕事だろ?」



その夜、有馬の手配で、財務省主計局の社会保障担当と非公式に接触する機会が設けられた。



『非公式レク ― 財務省・主計局第4会議室』

(20XX年4月中旬・夕刻)

夜7時を回った霞が関の一角。
すでに廊下は人影もまばらで、照明の明るさだけが静けさを際立たせていた。

財務省・主計局第4会議室。
「社会保障担当」の札が下げられたドアの内側で、数人が着席していた。

「では、非公式ということで。録音もメモもなしで」

そう切り出したのは、主計官・八代。
グレーのスーツに淡いネクタイ、語り口は穏やかだが、表情には何も書かれていない。

向かいに座るのは、青年議員・五条誠司と、その政策担当秘書・有馬大翔。
五条は自信に満ちた表情で、スーツの前を正して口を開いた。

義手を使えて、日常生活が可能な方を、いまだに“1級障害者”として支援し続けるのは、制度の形骸化ではありませんか。
私は、“支援の見直し”がこの国の福祉財政の再構築につながると確信しています」

八代は微笑んだ。だが頷きはしなかった。

「理念としては理解します。
ですが、財政再建の観点からも、“削るために削る”のは慎重でなければなりません」

「え?」

五条がわずかに眉を寄せた。

「技術が進化し、義手が進化し、それに応じて障害の“程度”が変わってきている。
これは“支援の終了”の根拠になると思いますが」

八代は視線を落としながら言った。

「技術の進化は歓迎ですが、“支援の終了理由”にはなり得ません。
むしろ、そこに至るまでに要する訓練・教育・サポート――すべてコストがかかります。
しかも、それが“当たり前のこと”として制度に吸収されているわけではない」

経産官僚出身の秘書・有馬が静かに口を挟んだ。

「つまり、技術進歩を理由に等級を引き下げると、逆に“訓練費用は誰が出すのか”という問題が顕在化する、と」

八代は軽く頷いた。

「ええ。それに――」

書類の一枚を指でとんとんと叩きながら、こう続けた。

「この議論は、思った以上に社会的波紋を広げかねない。
一部の当事者団体からは“等級見直しが支援削減の口実になっている”との懸念も届いています。
我々としては、制度全体の再設計が議論されるまでは、個別案件には乗らない構えです」

五条は、視線を机の一点に落とした。
数秒間、沈黙。
そして──

「なるほど。
財務省まで、“守旧派”だったとは、思いませんでした」



帰り道、有馬は五条に声をかけなかった。
議員本人は、自分の言葉に確信を持っていた。
その背中は、少しだけ小さく見えた。

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