神楽強子かくかたりき。

 ロックアップした時、正直ビビったよ。三百戦無敗がナンボのもんよと思ってた自分を殴り倒したよ。あ、もちろん心の中の話ね。わかってるって?あ、そ。
 ロックアップすればレスラーは実力がだいたいわかるんだよ。確かに彼女、素人だったよ組み技に関しては。でも、それでも、伝わってくるんだよな。力はもちろん、筋肉の膝関もそうだし、細かな動作や機微なんかが。身体の使い方のうまさや柔軟性などわかることが多い。だから組めば力がわかるってのは本当の話。まぁ実力がなきゃ計れないけども。
 それで、頭の中のスイッチオン。真剣モードだね。ガチよガチ。
 ぶつかりおじさん相手にするのとはわけが違うし、同じレスラー相手とも違うよ。いのち、大袈裟でなく、本当にいのちかけたよ。
 MMAのベルトかけた試合がしたかったけと、何故か三百戦無敗にうちの社長が固執して。それ終わったら次はベルトだって約束してくれたから受けたけど、客寄せパンダ相手の気分だったよ。
 立ち技だけじゃ今どきMMAじゃ無理だよ。ボクシングの世界チャンピオンもキックの世界チャンピオンも無理だよ。組まれたら、倒されたら負けだもの。そりゃあいつらも対策してくるよ。倒されないようにって。それでなんとか一撃入れられれば勝てると思ってるのかもしれないけど、あまい、あまい!
 あま〜い。シュガーバター生クリームトッピングサンドよりも甘い。知ってる? ここから徒歩数分のとこに激ウマ店があるんだよ。帰りに寄ろうと思ってんだ、ってなんの話だよ。逸らすなよーな、たく。
 一撃入れるのも大変だけど、一撃倒れないっつーの。我らレスラーなめてるよな。打たれ強さ最強の格闘技だぜよ。
 受けの美学とも言われるプロのレスリングよ。プロレスリング、略してプロレスだよ。直下式パックドロップとか食らったことある? まじ死ぬわ。走馬灯がさ、落下してる時にたまに見えるんだよ。あの一秒くらいの間に、オギャーって泣いた時からおしゃまな幼稚園時代。初恋の小学校。初キッスの中学校。それで……ってなに言わせんだよおい。おい。
 シャイニングウィザードとかさ膝が顎砕くんだよ。逃げちゃ駄目なんだよ。歯食いしばって気合でさ。奥歯ガタガタ言わされちゃうんだよ。いてーんだよ。
 でもさ。
 でも、でもさ。
 それでも、平気なフリして戦い続けるのが、我らプロフェッショナルレスラーよ。プロは強いんです。プロレスは強いんです、って見せつけなきゃいけないんだよ。
 だから正拳突きや回し蹴り、踵落とし食らっても倒れないよ。倒れても起き上がるよ。テン・カウントは絶対食らわない。その自信があったから、相手にも見せ場作らなきゃとか試合前は思ってたんだよ。適当に盛り上げて何発かもらって、一度くらい倒れて、カウントナインで立ち上がって、逆転勝利ってシナリオができてたの。
 華麗に最後はフェアリーテイルズギャラクティカで決めたら大盛り間違いなしだよ。知ってるだろあたしの必殺技? リングの妖精こと、神楽強子。神楽強子の代名詞といえばフェアリーテイルズギャラクティカ。
「ここで、妖精が飛んだ。飛翔からの急降下。フェアリーテイルズギャラクティカ炸裂だー」ってアナウンス聞いたことない? ない? ないの? ほんと? 流行語大賞にノミネートされそうだったとかそうでもなかったとか噂で聞いたんだけどな。
 それが、組んだ瞬間に、シャッターガラガラ閉店みたいになってよ。プロレスラー今日は閉店ですってね。そんで、シャッター上げて出てきてこんにちは、あたしが真剣師神楽フェアリー強子ですってさ。シュート仕様にモードチェンジしたね。悠長に組んでる場合じゃなかったよ。握力にさ、細身と言われるあたしだけど、握力には自信あるんよ。それで組みながら握力で圧かけたりしたんだけど、表情ひとつ変わらないし汗もかいてないんだよあの怪物。
 あいつも細身でデカくもないんだけど、圧は怪獣大戦争みたいなんだわ。気付いたらこめかみに汗がだらっと。いやな汗だよ。あんなん、ヤクザに囲まれた時以来だったな。ん? そのエピもっとくれ? ダメダメ。横道にはもう逸れんよ。
 そんで組むのを解いたんだよ。肌を焼くような視線にジリジリしたよ。焼けそうだったな。鳥肌立ってたかもな。最強を目の前にすると思考がさおかしくなるのな。
 あいつの道着の帯がさ、黒帯なんだけど使いすぎで少し色褪せてさ、使いすぎだから糸がほつれてんの。それが鼻毛に見えてきちゃって。笑いそうになっちゃうわけ。ハイのテンションなのよ。ハーイサザエでございまーす。くらいハーイテンションなの。
 声に出して笑いは堪えたけど、たぶん口元はニヤついたかも。その瞬間、首もげたね。あ、胴体とさようならーって思った。そんくらいの衝撃でさ。マッハで首だけ吹っ飛んだんだよ。それに引っ張られるように身体が付いていく感じで。
 全身麻痺したかのように動かないしジンジンするし。熱くて寒くて。なのによく立ったよなオレ。あ、熱くなるとオレに変わるんだけど気にしないでくれ。
 何万回と受け身して、たおれたら起き上がるをしてきたからだよな。無意識にも受け身して、たおれたから起き上がった。そんだけなんだよ。起き上がりこぼしみたいだろ。
 立ち上がってファイティングポーズとったら少し意識が戻って、視界も戻って、そこには笑うあいつがいた。笑みを浮かべてんだよ。うれしそうに。でも、すぐに泣きそうな顔になったな。なんだ? ふざけんなと思ったよ。
 でも笑ってたのはオレの膝もなんだよ。客席にはわかんないくらいの一瞬だよ。すぐに気合で止めた。遅かった。あいつは気付いたよ。そんで、かなしそうな顔でさ、ポツリと零したのが聞こえた。
 次の瞬間にあいつはまた組み付いてきてさ、その時は弱いやつの組みでさ、これまた無意識といくか本能というかで、腕をねじ上げて流れるように首をロックしたよ。
 タップアウト。
 は?
 ふざけんなと思ったけど、どこかホッともしてた。五万人の前で一撃KO負け。失神とかしたらと思うとゾッとしないよな。
 オレが弱すぎたから失望させたんだよ。
 申し訳なかった。
 自分が最強だと思ってたし、実際そうだったと思う。ガチンコなら負けないと確信してた。空手はさ、あたしも少しかじってたんだよ。だからしってた。天才少女現る。最強カラテガールって何度も見聞きしたよ。
 あたしはすぐやめちゃったから戦うことはなかった。全国まで行く大会に出なかったからな。県では一位のやつにも勝ったことあったから、続けてれば戦ってたのかもなぁ。
 あたしはプロレスに惹かれて空手辞めてレスリングに矛先向いちゃったんだよ。
 天才美少女現れるって見たことない? 世代同じくらいでしょ? 中学校で転向して一年で全中一位。高校ではインハイ三連覇は当たり前だけど、高二で日本一だったからね。オリンピック金メダル間違いなしと言われたけと、あたしはプロレスのためにやってたから、卒業待たずにプロレス道場の門を叩いたね。その後はおたくも知っての通りだと思うけど。
 いやー騒がれたね。マスコミにもアマレス界にも。もったいない辞めるな辞めたら殺すとかなんとかね。金メダルとってからでもいいじゃないかと何人にも言われた。
 でもさ、父ちゃんだけは、好きなことやれってね。空手辞めるときも止めなかったし。女の子が殴り合いとか暴力的なことするのを止めもしないし、試合で死ぬなら本望だと思うくらいちゃんとやれと言う人でさ。母ちゃんはよく泣いてたけど。
 おかげで後ろを振り返ることなくプロレスにのめり込めたよ。
 最強のプロレス人生で、常にベビーフェイスで、人気者だったあたし。
 それが情けをかけられたわけよ。
 泣いたね。心で。
 殺したね自分を。心で。
 天才美少女だって? 笑うよな。
 どこが天才だよ。
 真の天才見たら笑うしかないよな。
 そんでくやしさが遅れてやってきて。
 だから、次はあんなかなしい顔させないって生まれて初めて本気でトレーニングしたよ。
 でももう一度はなかった……。
 ——いまのところね。
 もう美少女でも、妖精でもない、不惑超えの美魔女程度だけど、あの時より今のほうが強いと思う、よ。
 もう一度語り合いてーな。
 リングの上で。

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