至高

 何から話せばよいのかしらね。
 過去の栄光を振り返ることほど醜悪なことなんてないと思うけど、人生折り返しの今なら余興にいいのかもしれないわね。最初に騒がれたのは小学校三年生の時にジュニア部門で優勝した時。ふふ。あらごめんなさい。あの時はわたしも純粋で無邪気に喜んだのを今でも覚えているわ。
 周りの大人がみんな騒いで喜んで夜中まで祝杯をあげていて、天賦の才がある、なんて言われもした。気恥ずかしいけど嬉しくもあったわ。まだ幼かったゆえに、ね。
 高校一年の時にユース世界戦で優勝したのが次のピークだったかしら。天才現るとあちこちで書かれて、校門には知らない学校の子はもちろん、たくさんの記者がつめかけたわ。
 一つだけ引っかかったのは、天才は付くのに、美少女は付かないの。あの頃、そうでなくても付けるのが礼儀というか慣習というか、だったんじゃないの。おたふくみたいな子でもそういう枕詞付いてたじゃない? まぁお世辞にもわたしは美少女ではなかったけどね。
 それでもあの頃は若さと強さと名声があったからか妙にモテたわ。大人が多かったから騙そうとしてたのかもしれないけれど、そうそう、実際乱暴されそうになったこともあったわ、まぁ馬鹿よねそいつ。世界一のわたしよ。不意打ちや薬でも盛られなきゃ負けないのよ。だからかな。かわいげがないと言われ始めるのもすぐだった。
 雑音が消えて良かった。そう思えたのも最初だけ。強すぎるゆえかかわいげがないせいか、陰口 が増えて、友達も気付けばいなくなっていた。恋人を寝取ったりしたわけでもないのにね。強すぎると人は離れていく。成人する頃には学んだわ。遅かったけど。もういまさら弱さを見せるわけにもいかなくて、わたしは独りで上だけを見ると決意した。せざるを得なかった。
 できれば、友達とは言わない、仲間がほしかった。好敵手がほしかった。強敵と書いてともと呼びたかった。
 いないの。誰も。同じ階級はもちろん無差別でも敵無し。あとは男だけだったけど、さすがに競技で男女無差別ってなくて。ストリートファイトや裏格闘技に出るってのも流石に、ね。
 成人以降は世界大会でも勝ちまくった。
 わたしは三百戦無敗という記録を作った。これはうれしかったな。ブラジリアン柔術でいたでしょ? 四百戦無敗とかって。あれがかっこよくてね。数字は嘘つかないって言うでしょ。使いどこ違うって? いいのよ。なんにせよ実績、記録に残る数字は本物でしょ。それを枕詞にしたかった。天才とか美少女とか美少女とか美少女なんていらないの。ほんとよ。ほんとに。いらないってば、やめて!!
 ごほん。ごめんなさい。不惑になんて全然ならなくて。惑いっぱなしよ。そう思わない? 不惑なんてまだ子ども。未熟もいいところよ。精神は十代からほとんど成長しない。恋だって満足にしてこなかったから。恋なんて……。あら、こう見えてもわたしだって恋したことはあるわよ。恋人だって。
 恋に恋して夢見る少女じゃいられないと覚ったのはいつだったかな。強さは厄介。富と名声とヤジとクソリプは手にいれたわ。いやというほど。
 教養がないわたしは迂闊なことツイートしちゃうのよ。吉原炎上っていうやつ? え、吉原はいらない? あらそう。炎上なのね。それ何度か起こしてね。やめようと思ったわ。でも、あれは独りには危険なツールね。なんとなく仲間意識がもてる。いやになれば切れる。何度もやり直せるの。わたしは役者のように演じ分け続けたわ。
 でも、うっかり、載せた写真から特定されてね。世間は騒いだわ。世界一のわたしがひどいことばかりつぶやいていたからね。謝罪? しないわよ。謝ったら負け、と教わってきたからね。負けないことがわたしのアイデンティティよ。わたしが負けたらわたしはわたしでいなくなる。
 わたしは変わりたいのよ!
 なら負けたらいいって? そうね、そうなのよね。負けたら見える景色が変わるって聞く。でもね。わたしは負けず嫌いなの。八百長なんてもちろんできない。だから実力で負けを経験させてほしかったの。
 何度目かのターニングポイントは三十歳のときの異種格闘技戦ね。これはメディアにも大きく扱われた。ジョシカクブームだったのもあったわね。当時のプロレス最強の神楽強子。あの人との異種格闘技戦が決まった時は心臓がもげそうになったし、鼻から脳汁が出てきて、血便血尿が三日続くほど嬉しくて嬉しくて焦がれたわ。
 プロレスは台本あるから無敗ってわけにはいかないけど、ガチンコ、つまり真剣勝負のことね、それなら女子格闘技でも最強という噂があった神楽さまだもの。実際MMA歴は五戦くらいだけど、全部圧勝だったし、タイトル戦の話もあったもの。なのになんでわたしなんかと戦うことになったのか。
 まぁあれね。三百戦無敗。これが利いたわよ。こういうのに弱いのよ我が国は。黒船来襲なんて言われてさぁ、わたしがヒール役なの。信じられる? ずっと美少女は付かないけど国民的天才ガールだったわたしが、よ。
 しかたないわね。
 舞台が彼女の所属団体だし、彼女はずっとベビーフェイスだし、実力も人気もあったからね。
 でも彼女からしたら旨みは少ないと思うのよね。わたしに勝ってもそんなにプラスがない。三百戦無敗いうても、MMA歴はなくて、たかが空手界の中だけの井の中の蛙よ。絞め技も投げ技も極め技もない。ただ殴る蹴るだけの野蛮な戦闘民族。それが、わたくしこと、カラテガール。美少女は付かないけどね。
 三百戦無敗って枕詞、そんなに美味しそうだったのかなぁ。神楽さまと話してみたいな一度ゆっくりと。
 記者会見の席ではプロレス的エンターテイメント性の高い罵りをお互いしたけだけ。目が、ごめんなと言ってて笑わないのに精一杯だった。いい思い出。
 令和の巌流島対決ともアリ対猪木、グレイシー一族の再来などなどいろいろ煽られたわ。楽しかった。ゴジラ対キングコングとかエイリアン対プレデターとか失礼なのもあったけど、みんな強さへの畏怖と尊敬はあった。それだけはあった。
 神楽さまとガッツリ組んだときはしなやかでゴムまりみたいな筋肉に驚いたし、蹴りが凄く綺麗で、なのに速くて重いというかわいげがない強さだった。組むことなんて空手じゃないけど、さすがに立ち技のみなんて怖いじゃない。秒殺したら盛り下がるでしょ。アウェーでなんて生きて帰れないかもなんてブルっちゃって。一週間鬼の猛特訓よ。それで倒されない極められないってのだけは出来るようになったの。泥試合だってやれるくらいにうまくなった。何やっても才能があったのよね。
 ないのは美少女だけ。しつこいって?
 ねえ、知ってる?
 び、と携帯で打って、変換に最初に出てくるものが欲してるものって占いというかなに?わかんないけどそういうのあるでしょ?
 わたしの、び、は、秒殺なのよ!ウケる。美少女とか眉目秀麗とか美人薄命とか出てきてほしいのに、秒殺。わたしが欲しいのは秒殺よ。強さの裏返し。
 神楽さまの、び、は何かしらね。
 閑話休題。
 すぐに話がそれるわね。楽しくて愉しくて。こんなにわらったのは何年ぶりかしら。というか人と話すのも何年ぶり?
 ほら、わたし、孤立してるから。孤独なの。友だちいないし。話が合わないし感覚も合わないし、なにより強さが合わない。神楽さまなら友だちになれたかしら。あんな終わり方しなければ。
 え?
 それを聞きたかったの? それ目的なの? 格闘技界最大の謎だって?
 そうよね。知りたいよね。でもねごめんなさい。わたしにもわからないの。わたしも知りたいのよ。
 なんで神楽さまはわたしを殺してくれなかったのか。ごめんなさい。物騒な物言いよね。それくらいの負けが欲しかったのよ。わたしは負けたかった。神楽さまならあるいはという希望を抱いていた。
 でも全然。及ばず、至らず。
 わたし気付いたらこんな高みにいたんだって彼女と戦って思い知っちゃった。
 富士山が一番高いと思ってたのに、わたしはエベレス……チョモランマだった。え、なんで言い直したかって? 気にしないで。チョモランマのほうがなんか艶ぽくない? ない? ない、か。わかんないか。いいのいいの。わたしの趣味嗜好よ。
 ともかく、わたしはがっかりしたの。
 だから、タップアウトした。みんな神楽さまの負けだって見たくないでしょ。正拳突きでも回し蹴りでも、踵落としでも出来たんだけど、そんな一撃で倒される姿なんて。
 あ、でもわたし天才じゃないのよ。
 そう言われるのが嫌で戦うのやめたのかもなぁ。死ぬほど練習して研究してからだ鍛えてただけ。百回でできなければ千回繰り返すし、無理なら万回とやっただけ。
 才能なんて、誰でも大差ない。
 双六みたいなものね。最初の持ち物は一緒。サイコロで最初に六出すやつもいれば、ずっと一のやつもいる。でもやめなければ至るの。途中で止まるマスでなにかを得ればなにかを失う。その繰り返しの中でやめずに目指すだけ。さすれば至る。
 最強にだって、最高にだって。 
 わたしは、未だ、満たされない。
 強さはまだほしい。
 同じくらい負けもほしい。
 美少女も、強敵と書いてとももほしい。
 わたしは、ただ、そう、ただ強欲なだけよ。

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