怒りに打ち震え、怒りを手放し、ふたたび怒りを取り戻すまでの記録
てんびん座に火星が巡る時期ということで、「怒り」について考えている。
火星は、てんびん座に巡ったときはその力がストレートに発揮されにくい。火星が闘争心や勇気、積極性などを意味する惑星であるのに対し、てんびん座は調和とバランスの星座だからである。「喧嘩上等、ガチでやる」人が「空気を読んでスマートにやりましょう」と促されるわけで、これは大変やりづらい。惑星が本来の力を発揮できず、弱まるこの状態を「デトリメント」と呼ぶ。
火星がてんびん座に巡ると、怒りを覚えても「いくさじゃ〜!!!!!!」とはならない。その場ではいったん飲み込んでおいて、後になって「いやおかしいだろ!」と許せない気持ちが高まっていったり、皮肉めいた物言いで伝えようとする。争いを避けすぎて割りを食う思いをしたり、無駄に消耗したりする。
ただ、あらゆる惑星がそうであるように、火星のエネルギーは災厄ばかりをもたらすことはない。火星が持つ、粗野で攻撃的な部分を中和し、交渉力や説得力、自分や大切な人を守る力として活かそうと思えば、デトリメントであることがメリットに変わる。
しかし、その扱いは決してたやすくはない。私は一度失敗して、2年ほど怒れなくなったことがある。怒りのない状態というと穏やかで平安なものと思われるだろうか。確かに平らかではあったが、私の場合は喜怒哀楽のすべてが欠けた。怒だけ欠落するのではない。哀しみも、そして「嬉しい」「楽しい」という気持ちまで欠落したのである。
30代半ば、私はとにかく怒っていた。長く付き合った恋人との関係は弛緩し──というより恋人は「結婚」の2文字をぬるりぬるりとかわし続ける一方で「別れたくはない」と言うのだった──無為な時間ばかりが過ぎていた。一方で既婚者やワンナイト希望者からはMMC(モテてモテて困っちゃう)、「愛されはしたいがお前からではない」と怒った。仕事では言うまでもない。当時は会社員だったが、営業に怒り、役員に怒り、社長に怒っていた。社内だけではない。クライアントともバチバチにやり合い「狂犬」と呼ばれた。もちろん仕事のほうでは感情的に怒り散らすわけはなく、もっといい仕事を目指して「言うことは言う」を貫いていたつもりである。しかし今となっては、もう少しスマートなやりようがあったと思う。何はともあれ桜島と同じくらいの頻度で爆発していた。ちなみに2025年上半期の桜島の噴火回数は264回である。
恋人との関係は悪くなる一方だった。付き合い始めた当時に互いが愛した自由や好奇心は、「子どもを持つならそろそろ考えないと」と言えば「高齢出産の人もいる」とかわされるような、まるで噛み合うところのない現実的問題の前では無に等しい。「何を言っても怒るから不愉快だ。そういうところを変えてもらわないと一緒にはいられない」と言われ、途方に暮れていたときに「アンガーマネジメント」というものを知った。
アンガーマネジメントとは、日本アンガーマネジメント協会の説明によると「怒りの感情と付き合うための心理トレーニング」である。たとえば「6秒ルール」が有名だ。怒りの感情が湧いたら、まずは深呼吸をして感情を落ち着け、6秒間カウントして感情をクールダウンさせる。怒りを受け入れ、意識をそらし、適切な対応を考えるという流れである。ほかにもさまざまなやり方があるのだが、私は焦っていた。一刻も早く、怒れる自分を変えなければいけない──先を急いだことが、道迷いの最初の一歩だった。
怒りは自然な感情であって、意識に浮かんできた段階で善悪はない。それを他者に暴力的なやり方でぶつけるからいけないのだ。そのことはわかっていたつもりだったが、怒っている問題に向き合ってもらえない、怒っている自分も受け入れてもらえない、自分で飲み込むしかないのコンボに、焦りと悲しみはどんどん煮詰まっていく一方だった。アンガーマネジメントの理論をしっかり自分のものにすることなく、「6秒ルール」をはじめとしたテクニックばかりを実践したところ、私は怒らない自分を手に入れた。
同棲していた家を「今日、ホームパーティーやるからその間出て行って」と言われても、「じゃあデニーズで原稿書いてるね☺️」と言えるようになった。今までは、そういうことがあるたびに「私の存在を秘匿したいのか」と言い争いになっていたのに。傷つくことは傷つくが、それでも関係が続くならいいと私は思った。別れるよりは。未来を不透明にするよりは。
そのうち、傷つくという感覚もなくなった。むしろ「まとまった仕事時間が取れてよかった!」などとポジティブに思えたほどである。すごい、アンガーマネジメントできてる。誇らしくさえ思っていたのだが、ある日気付いたのである。しばらく喜びを感じていないことに。
あれほど日常に溢れていた、「嬉しい」「楽しい」という感覚が、いつの間にかなくなっていた。あんなに好きだった文学もアートも「きっとこれは『面白い』のだろう」「おそらく『美しい』という感情なのだろう」と、すりガラス越しに見る庭の緑のようにぼんやりとしか感じ取れなくなっている。そのうち、iPhoneにはたくさん曲が入っているのに聴きたい曲がなくなり、日々の料理も味がどんどんぼやけていった。
砂を噛むような日々が2年ほども続き、関係はすっかり穏やかになった。私は喜びや楽しさを演じることが上手くなり、我々の間には笑顔が戻った。しかし、火星──つまり、怒りをうまく使えていない人は、他人に火星を使われる。仕事で強引な人に押し負けたり、いわゆる「論破」の集中砲火を浴びたり、といったことは次第に増えていった。
そして私は、同棲していた家を後にした。
火星の赤は、流れる血潮の色だ。生きていくために欠かせないものだ。アンガーマネジメントの正しいやり方にのっとって、「マネジメント」をすべきところを、私は焦って消そうとした。6秒をカウントしながら、気持ちを怒りからそらしながら、私は自分の生命の炎を丁寧に丁寧に踏みにじって、消しにかかっていたのだと思う。息をするように怒っていたのに、怒る力を取り戻すには随分と時間がかかった。友人や新しいパートナーなど、大切な人が損なわれたときに「それはおかしいでしょうよ!」と怒りを抱いたとき、「自分はこの人に生かしてもらっているのだ」と思ったことを覚えている。
さて、てんびん座に火星が巡る時期である。まさにアンガーマネジメントの位置関係だと私は思っているのだが、「スマートに使うぞ!」と興奮した馬のごとく挑むよりは「怒りという感情に善悪はない」ということを心に留めておく、くらいがいいように思う。大事なものを守ろうという意識なのか、「もっと良くできる」という意欲なのか、それとも嫌悪感なのか。分析するプロセスこそが大切だ。ぶつける前なら、いかようにでもできる。熱は可能性に満ちている。使う前に「探る」ことこそが、火星てんびん座期のカギとなるように思うのだ。
ちなみに私がメチャクチャに怒り、怒りを失い、ふたたび取り戻すに至った30代半ばから40代半ばにかけての時期は、占星術の「惑星の年齢域」でいえば火星期にあたる。私はこの時期を「闘うことを覚える時期」と表現することが多いのだが、もしこの年代で「なんかもうメチャメチャ腹立つ」とか、逆に「やたら怒られるんですけど!」といった状態にある方は、こちらの記事も参考になるかもしれない。
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