「いい母親ぶってる」のか?
先日、息子にこう言われました。
「こんなに気を使って、ご機嫌伺って、お母さんの愚痴めっちゃ聞いてるのに、
俺のこと反抗期って言うのが引っかかる」
「いい母親ぶって、他の親となんら変わらんやん」
その言葉を聞いたとき、
私の中で何かがプツンと切れました。
え?反抗期やろ?
なんでご機嫌伺ってるの?
そんなに気を使ってた?どこに?
いい母親ぶって?
頭の中でぐるぐると反発が渦を巻きながら、
同時に――
「もう何かしてあげたいと思わない」
そんな気持ちが湧き上がってきました。
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息子は、不登校で発達の特性もあり、昼夜逆転やうつ症状もあります。
親子とはいえ、別の人間。
私と息子は受け取り方も価値観もまったく違う。
わたしの中には、
「なんとかしてあげたい」
「母として支えなきゃ」
という思いがある。
でもその思いは、いつのまにか
「疲れ」や「失望」に姿を変えていました。
一方で息子も、
「わかってもらえない」
「受け止めてもらえない」
という気持ちを抱えている。
その苦しさを、苛立ちや言葉でぶつけてきたんだと思います。
お互いに「わかってもらえない」「わかってあげられない」という、
鏡映しのような状態だったのです。
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振り返ってみると、
私は“いい母親であろう”と必死でした。
でもそれは、
「息子に“いい母親やな”と思ってほしいから」やったと。
だから、息子の目には「いい母親ぶってる」と映ったんだと思います。
フリでも、私は愛情を注いでいた。
けれど、それは不器用な愛情でしかなかった。
その不器用さごと、子どもは見ているんだと思います。
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このやり取りを通して気づきました。
親子であっても「分かり合えない」瞬間はある。
でも、「本音をさらけ出す」ことで、
関係が壊れるどころか、むしろ深まることがある。
私は、いい母親であろうとするより、
一人の人間として本音で向き合う母でいたい。
わかり合えない苦しさも、
本音を出し合うきっかけになるのかもしれません。
