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【エッセイ】口下手な祖父と並んで見た、夏の夜の巨人戦


「長嶋茂雄さんが亡くなった」――朝のニュースでその一報を聞いたとき、正直、実感がわかなかった。
驚きはしたものの、慌ただしい日常に飲み込まれるように、気持ちはどこか置き去りのままだった。

けれど、その日の夕方。
夕飯の支度をしながら何気なくテレビをつけると、追悼特集で映し出された若き日の長嶋監督の姿に、ふいに胸がつまった。
グラウンドに立ち、ベンチで微笑み、選手たちと並ぶ姿。そのひとつひとつが、懐かしい記憶を呼び起こした。

あれは、まだ祖父が元気で、私も幼い頃の夏の夜。
夜7時になると、無口な祖父がいつものようにテレビの前に座り、ただ黙って野球を見ていた。
声を上げるわけでもなく、淡々と――でも、どこか静かな情熱を秘めたまなざしで。
私はその隣にちょこんと座って、同じように黙って試合を見つめていた。

野球のルールも、選手の名前も、当時の私はよくわかっていなかった。
それでも、祖父の隣で過ごすその時間が嫌いではなかった。
開け放たれた窓から入る夜風、扇風機の音、遠くで聞こえる蛙の声。
夏の夜7時は、野球と祖父と私の時間だった。

巨人が優勝する瞬間も、何度か一緒に見た気がする。
でも、勝った負けたという結果よりも、その時間のほうがずっと鮮やかに記憶に残っている。

やがて私が成長し、祖父も歳を重ね、そんな時間は少しずつ遠のいていった。
大人になると、ただ隣に座るだけの時間はいつの間にか「贅沢なもの」になっていた。

だから、長嶋監督の訃報に触れたとき、どこか親戚のおじさんが亡くなったような感覚に襲われたのだと思う。
直接会ったことがあるわけでもないのに、あの人は私の“記憶”の中に確かに存在していた。

そして、各選手が読み上げた弔辞をネットニュースで読んだ。
誰もが心から監督を慕い、敬い、別れを惜しんでいた。
その言葉のひとつひとつに、思わず涙がこぼれた。

忘れていた時間を思い出させてくれたのは、やっぱり“野球”だった。
そしてその真ん中には、長嶋監督の姿が、ちゃんとあった。

長嶋茂雄さん、そしてあの夏の夜を一緒に過ごしてくれた祖父へ。
あなたたちがつないでくれた記憶は、今も心の中で風に揺られています。

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