アジ15匹、三食ぶん。もらいものが教えてくれた、感謝の重さ。
東京から実家に帰った。父の知り合いが、釣りたての鯵を15匹持ってきてくれた。クーラーボックスからあふれそうな、ぴかぴかのアジたち。翌朝から、母がまるまる三食、アジにしてくれた。
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01|一匹のアジが、三回変わった
🐟 朝:塩焼き
シンプルに塩だけ。皮がぱりっとして、身がほろほろほぐれる。釣りたてはこれだけでいい。
🐟 昼:お刺身
甘みがあって、口の中でとろける。スーパーで買う刺身とは、何かが根本的に違う。鮮度というより、「来歴」が違う、という感じがした。
🐟 夜:アジフライ
これが、本当においしかった。衣がさくさくで、中はふわふわ。ソースをかけてかぶりついた瞬間、なんだか胸がいっぱいになった。
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02|なぜこんなに、おいしく感じるのか
スーパーで買ったアジフライでも、十分においしいはずだ。でもあの夜のアジフライは違った。
思い当たったのは、「来てくれた人の顔が浮かぶ」ということだった。
父の知り合いが、早朝から海に出て、釣って、持ってきてくれた。母が、15匹を捌いて、三食ぶんの献立を考えて、作ってくれた。アジは、海の中で生きていた。
ふだん食べるものには、そういう「顔」がない。いや、本当はあるはずなのに、見えない。もらいものは、その「見えない部分」を一時的に可視化してくれる。
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03|感謝には「重さ」がある
・釣ってきてくれた人への感謝
・三食作ってくれた母への感謝
・海を泳いでいたアジへの、なんとなくの感謝
いつもの食事でも、これは全部あるはずだ。ただ、意識しない。
もらいもので生活するとき、その感謝がちゃんと重さを持って、体に届く。アジフライを食べながら、そんなことを考えた。
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まとめ:たまには、顔の見える食事を。
帰省のたびにこういうことが起きる。都会ではなかなか味わえない、「誰かの手が見える食事」。
次に実家に帰ったら、またこういう時間を大切にしたいと思う。そしてできれば、東京でも少しずつ。
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