自衛隊では、どのような隊内教育が行われているのか? 入隊する前に知るべきこと!
*注 この論文は、自衛隊内の教育の実態について、2015年に執筆したものである。今日、隊内でパワハラ、セクハラなどが多発している中、その根源を分析しているので紹介する。
今国会で集団的自衛権行使に関する多数の法案が作られようとしている。しかし、その集団的自衛権行使=戦闘行為の主体とされる自衛隊員は、今、凄まじい状況におかれている。隊内には、いじめ・パワハラが横行し、相変わらず自殺者も絶えない。この自衛隊内の危機的状況を見ずして、集団的自衛権云々を語ることは許されない。以下、自衛隊内の教育の実態を暴露する!(拙著『自衛隊 この国営ブラック企業―隊内からの辞めたい 死にたいという悲鳴』から引用)
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プロローグ インターネットで告発する自衛官たち
第1章 辞めたい、死にたい自衛隊――「自衛官人権ホットライン」に届く自衛官たちの悲痛な声
第2章 AKB48と萌えキャラに騙されて入隊―かつては「地連」に騙されて入隊したが…
第3章 自衛隊は元祖「ブラック企業」だった―再任拒否・残業代拒否ばかりか訓練死 自殺が常態化
第4章 田母神的トンデモ人格を造る自衛隊教育―旧日本軍以来の訓育と精神教育による「洗脳」
第5章 マスメディアが報じない自衛隊の実態―繰り返される「脅威論」の虚構
第4章 田母神的トンデモ人格を造る自衛隊教育―旧日本軍以来の訓育と精神教育による「洗脳」
●自衛隊的「兵士」の造り方
隊員たちの「本音の投稿」を紹介したところでは、多くの隊員たちが「自衛隊は大人の幼稚園だ」と歎いていたが、実際、隊内でどのような教育が行われているのか。
まず、陸上自衛隊第1教育団編『訓育指導の参考』(以下「参考」という)という本から紹介しよう。この本は、新隊員教育隊や部隊で指導する小隊長・中隊長や営内班長などの「教科書」でもある。ここで教えられている教育内容は、基本的に陸海空の全部隊に共通するものであり、防衛大学校や高等工科学校などの各種学校・機関でも通用する。
最初に、この「参考」で掲げられているのは、「中隊は隊内生活における家庭」であるというあの「スローガン」だ。古い世代の人々は、どこかで聞いた言葉だろう。その通り、旧日本軍の内務班で教えられてきた、あの言葉だ(「軍隊内務書」)。
これは、自衛隊でも新入隊員に対し、今でも「中隊は家庭」であり、「中隊長はお父さん、先任はお母さん、班長はお兄さん」として教えられている。実際には、自衛隊の営内班は、家庭とはほど遠い環境であるが、この「家庭」を強調するには、大きな意味がある。

1つには、自衛隊(軍隊)が24時間態勢下で、訓練・演習などの諸任務以外の、課業時間以外にも(退社―仕事終了後も)、営内=兵営で全隊員が起居を共にしなければならない「家庭」であると「観念」させるということだ。こうすることによって、自衛隊が「軍隊」として、課業時間以外も拘束され、隔離された「特別な社会」であると観念させられるのである。
もう1つが、ここにおいて「家庭」(疑似家庭)を謳いながら行われる「訓育」「しつけ」と称する教育である。この中隊や営内班では、隊員たちをまるで子どもたち、幼稚園児のように扱う「親心」のしつけがなされる。
「手洗い、ハンケチ、ちり紙の常時携行」「頭髪の刈り方、ひげそり、爪切り」「食事・用便後の手洗いの励行」「帰隊後・訓練後のウガイの励行」「入浴時には陰部を確実に洗う」「隊舎内外でタンをはかない」「なまり・俗語の矯正・正しい敬語の使用」「ヤクザ、チンピラ、土方等の言葉遣いの是正」などなどと続く(「参考」44頁70頁)。
ところで、一般に「しつけ」はよく聞く言葉だが、「訓育」というのは、自衛隊以外にはあまり聞かない用語だ。これは、国語辞典には、訓育とは「品性・気質・習慣をよい方に伸ばすように、教えさとして育てること」とある。
この「参考」では「訓育とは精神教育により広い知識を得、訓育により自らが実践陶冶し、これを第2の天性になるようにするしつけ」であるとされている。つまり、要約すると訓育とは、「精神教育」と「実践陶冶」(人を教えて善に導き育成)によって「第2の天性になるようにするしつけ」ということだ。
さて、この「訓育」のために、新入隊員に朝晩を通して重視して行われている教育が、隊歌(軍歌)演習だ。「参考」では、「隊歌演習は訓育のため極めて大きい価値がある」として、「勇壮な曲調により、ストレスを解消し、部隊士気の高揚が図れる」「有益な歌詞を繰返すことにより、徳操が意識化され、精神内部に固着する」とされる。
なるほど、毎日のように「歩兵の歌」や「予科練の歌」「元寇」「ポーランド懐古」などの軍歌を繰りかえし大声で歌わせるというのは、「徳操」という名の「軍人精神」を「精神内部に固着」させることにあった、と言うべきか。言い換えると、訓育と称して行われる隊歌演習は、「精神内部に固着」するまでに「洗脳」するということだ。
参考に、幹部候補生学校での訓育の定義を記すと、「訓育の主眼は幹部候補生をして修学上の指針に基き幹部として必須の資質就中意志を鍛錬して実行能力を養成し以て直接品性を陶冶するに在る」としている。
ところで、ここで紹介した「訓育」とは、自衛隊教育のもっとも基本となっている教育である。これは「精神教育」とともに、現在の自衛官育成の根源を担っていると言っても過言ではない。

そして、この訓育―精神教育こそ、自衛隊が営内班=兵営とともに、旧日本軍から継承してきた「兵士造り」の根源である。
つまり、自衛隊は、「自衛官精神」=「軍人精神」というもっとも根本のあり方を、旧日本軍からそのまま引き継いできたということだ(その象徴的事例が、海自幹部候補生学校で今でも教えられている日本海軍の「五省」)。
さて、自衛隊でいう精神教育とは、この訓育とどう違うのか。率直に言って、自衛隊の教範類を分析しても、この精神教育と訓育の区別が出来ていないようである。例えば、陸曹教育用・陸士教育用の『精神教育』(「防衛出版協議会編」。国会でバクロされ廃止になったという)は、教育内容として、日本民族の優秀性、天皇崇拝、愛国心、反共精神、自衛戦争論などの項目を並べているが、訓育に当たる個所はない。
一方、訓育は、先の幹部候補生学校によると、明治期に創設された陸軍幼年学校から導入され、この学校以来の伝統的軍人教育を自衛隊が取り入れたとされている。つまり、「徳操の意識化」「意志の鍛錬」「品性の陶冶」という訳の分からない「精神主義」が、旧日本軍以来、自衛隊に引き継がれているのだ(この精神教育=訓育という教育は、米軍などには存在しない。ドイツ軍にはこれに対応する「内面教育」というものが知られているが、やはりこれも精神教育などとは異なる)。

兵士造りの要は「命令への絶対服従」
この営内班での日常教育と訓育=精神教育を実践的教育方針としながら、自衛隊が旧日本軍から引き継ぐもう1つの根源が、「命令への絶対服従」である。つまり、隊内に「家庭」を造り、幼児のように訓育するのだが(時には愛のムチという暴力を使って)、これでも軍人精神に達しない隊員たちを「命令への絶対服従」という規律・軍紀で強制的に縛るのだ。
この「命令への絶対服従」というのは、入隊以来、全ての自衛官たちが繰り返し教えられる自衛隊の根本にある規律だ。ところが、筆者は今回の執筆に当たって、自衛隊関係の全ての法令等を参照したが、これら法令等のどこにも、この「絶対服従」という規定はない。
例えば、自衛隊法第57条は「上官の命令に服従する義務」として「隊員は、その職務の遂行に当たっては、上官の職務上の命令に忠実に従わねばならない」とし、「忠実に服従する義務」を明記するだけである。また、陸自服務規則にも「服従」と題して「上官の職務上の命令は、忠実に守り、直ちに実行しなければならない」(同第17条)としか明記されていない。
もう1つ、航空幕僚監部発行の『幹部必携』には、「命令と服従との関係」と題し「命令とは、職務上の監督関係にある上司から文書又は口頭で与えられるすべての命令及び指示の一切を含むものである。隊員は命令に服従する義務を有する」とある。
見てきたように、「忠実」「服従」とはあるが、「絶対」という文言はどこにも見当たらない。というよりも、アメリカ、ドイツの軍隊を始め、今日、「命令への絶対服従」を要求する先進国の軍隊は見つからないのである。というのは、あの極東軍事裁判を始め、明らかな「違法命令」への服従は、命令者も、受命者も処罰されるのは国際法上、明らかになっているからだ。
旧日本軍が兵士に対して「捕虜の虐殺」という違法命令を始め、命令への絶対服従を強制したのは、徴兵制で強制動員された兵士たちを、侵略戦争に動員するためであった。つまり、旧日本軍おいては、不正義の戦争に暴力的に動員するためには、兵士の「命令への絶対服従」という理不尽な軍紀が必要だったということだ。
これらの、前時代的軍紀や制度(内務班)、教育(訓育・精神教育)を、旧日本軍から引き継いできた自衛隊が、今やどのような状況におかれてしまったかを見てきたが(いじめ・パワハラ・私的制裁など)、一言で言えば、日本国憲法の適用の外におかれてしまったのが現在の自衛隊だ。自衛隊の営門をくぐったら、憲法が適用されないのである。
そして、訓育=精神教育という「洗脳」の恐ろしさは、あのメンタルヘルス専門官の山下吏良が、幹部候補生学校の「私物点検」という権利侵害を当然のごとく言っていたように、一旦、「兵営」の下をくぐってしまった青年たちは、「シャバ」と隔絶された環境の中におかれ、絶対的命令の号令下で、「服従精神」に徹底的に慣らされてしまうということだ(階級的上下関係とその階級関係から下される絶対的命令によって、「普通の民主主義的感覚」をもった青年たちでさえも、自然に軍隊的拘束を受け入れてしまう)。
実際に、隊員たちは営門の下をくぐった途端、厳しい外出制限のもとにおかれるだけでなく、市民社会とのさまざまな接触を断たれるのだ(最近は、「秘密の保持」のもとパソコンの持ち出しを禁止するだけでなく、アイパットなどの持ち出しも制限。また、高等工科学校などでは、土日以外のケータイ使用も禁止されている)。

「危機に瀕する防衛大学校」は、以下のサイトでご覧下さい。
https://www.facebook.com/notes/722280824514874/
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私は現地取材を重視し、この間、与那国島から石垣島・宮古島・沖縄島・奄美大島・種子島ー南西諸島の島々を駆け巡っています。この現地取材にぜひご協力をお願いします!