雪が雨に変わる前、サヨナラの先に
雪は、最初から雪として降っていたわけではなかった。
少なくとも、僕にはそう思えた。
夜の空から落ちてくるそれは、途中で気が変わったみたいに雨へと姿を変え、雨だったはずのものも、風に流されるうちに、自分の名前を忘れてしまう。
都会の夜では、そういうことがよく起こる。

ここでは、輪郭のはっきりしたものほど長くは生きられない。
感情も、約束も、季節でさえも。
僕は池の縁に立ち、街灯の下でカメラを構えた。
降りしきっていた雪はもう終わりかけで、空から落ちてくる白い粒は、意志というものを持たないまま、水面に吸い込まれていく。
触れた瞬間に消えてしまうその様子を見て、なぜか「サヨナラ」という言葉だけが頭に浮かんだ。誰に向けたものなのかは分からないし、分からないままでいいような気もした。
都会は別れに慣れている。
人も、感情も、季節さえも、きれいに終わることが許されない。だから残り雪がある。まるで何かに赦しを請うために、そこに残されているみたいに。

積もりきれなかった白は、道の隅やベンチの影、誰も座らない柵の上にだけ残る。
そういう場所は、忘れたい感情が、忘れられずに身を寄せる場所とよく似ている。人目につかず、しかし完全には消えない。
シャッターを切るたび、雪は写る前に消えていった。
それでも、水面には小さな波紋だけが残り、少し遅れて夜に溶けていく。
その様子を見ながら、僕は、あのとき言えなかった言葉や、伝えそこねた気持ちのことを考えていた。きっとそれらも、こんなふうに世界に触れては消えていったのだろう。
形にならなかったからこそ、記憶の奥で、何度も繰り返される。

雨に変わる雪を眺めながら、僕は思った。
人は記憶を留めるためだけに、写真を撮るのではない。
忘れてしまうことを、どこかで恐れているからだ。
だからせめて、名前を与え直す。
白でも黒でもない、その狭間に漂う感情の居場所として。

都会の夜は静かだった。
誰もいない公園で、雪は最後の役目を終え、静かに雨へと溶けていく。
サヨナラは声にはならず、ただシャッター音の中にだけ残る。それは、冬のある一日を記録する、ささやかな音だった。
降りしきる雪が寄り添い去ったあとに残るのは、たぶん綺麗な朝ではない。形にならなかったものたちは、無理をして生きているような、あの人の横顔に似ている。
それでも、今夜ここにあった気配だけは、
朝が訪れる直前まで、確かにそこに残っている。
それは、僕の手のひらで静かに消えていく雪の感触とよく似ていた。

Before Goodbye Turns into Rain
Snow was not snow from the beginning.
In the city night, it quietly turns into rain and loses its name.

I stood by the pond, holding my camera under a streetlight.
The falling white disappeared the moment it touched the water.
Only the word goodbye stayed with me, without knowing who it was for.

The city is used to endings that never end cleanly.
People, feelings, even seasons are left unfinished.
That is why some snow remains, like memories we want to forget but cannot.

Each time I pressed the shutter, the snow vanished.
Only small ripples stayed for a moment, then melted into the night.

We do not take photographs to forget.
We take them because we cannot forget.
To give a place, and a name, to feelings that stay between black and white.

That night, the snow became rain.
But the quiet presence of that moment remained,
like snow melting in the palm of my hand.

