複合モーション(Hybrid Motion)とは?|"全部やる"は"何もやらない"と同じ
「Sales-ledもInboundもイベントもパートナーも、全部やってます。でも成果が出ません。」
「チャネルを増やすたびに現場の負荷が増えて、どれも中途半端になっている。」
「経営から"もっとやれ"と言われるが、これ以上手を広げたら崩壊する。」
──こうした悩みは、施策の「数」ではなく「組み合わせ方」に問題があります。
やっている施策が多いのに成果が出ないのは、やる気の問題でも予算の問題でもありません。「誰に・どのモーションを・どの優先度で当てるか」の設計がないまま、全方位に手を広げているからです。
結論を先に言います。
複合モーション(Hybrid Motion)とは、顧客セグメント別に複数のモーションを使い分け、コストとリソースを最適化する設計です。「全部やる」のではなく、「このセグメントにはSales-led、このセグメントにはInbound、この層にはイベント」と割り当てる。設計なしの"全部やる"は、どのモーションにもリソースが足りなくなり、"何もやらない"と同じ結果に終わります。
たとえ話:複合モーションは「飲食店の業態ミックス」
複合モーションを理解するために、飲食店の経営を想像してみてください。

あなたはレストランを経営している。売上を伸ばしたい。候補はいくつかある。
店内飲食(ディナー)── 客単価が高い。ただし席数に上限がある
ランチ営業 ── 客単価は低いが、回転率で稼げる
テイクアウト ── 席数に縛られない。ただし客単価が下がる
デリバリー ── 商圏が広がる。ただし手数料がかかる
ケータリング ── 1件あたりの単価が高い。ただし営業が必要
「全部やれば売上は最大化する」と思うかもしれません。しかし現実は違います。
ディナーとランチとテイクアウトとデリバリーとケータリングを同時にやろうとすると、厨房が回らない。ランチの仕込みでディナーの質が落ちる。デリバリーの対応でテイクアウトが遅れる。ケータリングの営業に行く時間がない。結果、どの業態も中途半端になり、「あの店、何屋さんだっけ?」と言われる。
成功している飲食店は、「うちはディナーとケータリングで勝負する。ランチはやらない」と決めている。あるいは「ランチはセット固定で回転率重視、ディナーはコースで単価重視」と業態ごとに設計を変えている。
BtoBの獲得モーションもまったく同じです。
Sales-led(ディナー)、Inbound(ランチ)、イベント(ケータリング)、パートナー(デリバリー)── 全部やること自体が悪いのではありません。「どのモーションを・誰に・どの優先度で・どんなリソース配分で当てるか」の設計がない状態で全部やるのが問題です。
補足:HYBと他のモーションの関係
複合モーション(HYB)は、他の6つのモーション(SL / IN / PLG / PG / COM / EVT)の「上位概念」ではありません。組み合わせ方のパターンです。
L1 獲得モーション
├─ SL(営業主導)
├─ IN(マーケティング主導)
├─ PLG(プロダクト主導)
├─ PG(パートナー主導)
├─ COM(コミュニティ主導)
├─ EVT(イベント主導)
└─ HYB(複合モーション)← 上の6つの「組み合わせ方」重要なポイントが2つあります。
① HYBは「どのモーションを組み合わせるか」だけでなく「どう使い分けるか」の設計。 単に「SLもINもやっています」はHYBではありません。「エンタープライズにはSL、中堅にはIN、スタートアップにはPLG」とセグメント別に割り当てている状態がHYBです。
② HYBの設計品質は、L2〜L5の設計に依存する。 どのセグメントにどのモーションを当てるかは、ターゲティング(L2)の設計次第。各モーションの運用を回すには運用OS(L5)が必要。HYBはL1の中で完結するコンポーネントですが、実効性は他のレイヤーに大きく依存します。
複合モーションが「効く」条件
条件① 顧客セグメントによって購買行動が明らかに異なる
同じ商材でも、大企業と中小企業で購買プロセスが違う。大企業は稟議が重く、営業の伴走が必要(SL向き)。中小企業はWebで情報を集めて自分で判断する(IN向き)。このようにセグメントによって「効くモーション」が違う場合、複合モーションの設計価値が高い。
確認方法: 「受注済み顧客を企業規模で3つに分けたとき、それぞれ最初の接点はどこだったか?」── 接点が分かれるなら、セグメント別の設計が必要です。
条件② 単一モーションでは市場の一部しかカバーできない
Sales-ledだけではリーチできない層がいる。Inboundだけでは高単価の案件が獲れない。パートナー経由は特定の地域だけ。── 単一モーションの限界がはっきりしているなら、組み合わせることで市場カバレッジが広がります。
目安: 「現在のモーションで、ターゲット市場の何%にリーチできているか?」── 50%以下なら、別のモーションを追加する合理性がある。
条件③ モーションごとのリソース(人・予算・ツール)を分けて確保できる
複合モーションは「分担」の設計です。Sales-ledに営業3名、Inboundにマーケ2名、イベントに1名── のように、モーションごとに専任(または明確な時間配分)がないと、全員が全部を少しずつやる「何でも屋」になります。
確認方法: 「各モーションの担当者は誰か、その人の時間の何%をそのモーションに使っているか」── 答えられないなら、リソース設計が先です。
条件④ 運用OS(L5)が最低限整っている
モーションが複数になると、ファネル定義・SLA・レポートもモーションごとに設計が要ります。運用OSが未整備のまま複数モーションを回すと、数字が混在し、どのモーションが効いているか分からなくなります。
目安: ファネル定義(FD)と運用会議体(OC)が最低限動いているか。動いていないなら、先にL5を整備してから複合モーションに進む方が安全です。
複合モーションが「効かない」条件
条件① まだ1つのモーションすら安定していない
Sales-ledもInboundも「やっているが成果が安定しない」状態で2つ目を追加すると、不安定なもの同士の足し算になり、混乱が倍増します。
処方箋: まず1つのモーションを「回る状態」にする。リード→商談→受注のファネルが安定し、転換率が計測できている状態がゴールライン。そこまで来たら2つ目を追加する。
条件② リソースが足りず「全員が全部やる」になっている
マーケ担当1名が、コンテンツ作成もイベント運営もパートナー対応も全部やっている。この状態で「複合モーション」を名乗っても、実態は「1人の人が手を広げすぎている」だけです。
処方箋: リソースに合わせてモーションの数を絞る。1〜2名なら1モーション。3〜5名なら2モーション。モーション数はリソースの「上限」で決まる。
条件③ セグメントの違いが小さい
ターゲット企業の規模・業種・購買行動がほぼ均一な場合、わざわざモーションを分ける意味がありません。全顧客に同じモーションを徹底する方が効率的です。
処方箋: セグメント分析をやり直す。「本当にセグメントごとに購買行動が違うのか?」── 違わないなら、最も効率の良い1つのモーションに集中する。
"全部やる"で失敗する──よくある3つの失敗パターン
失敗パターン① 「主軸」がないまま施策を追加する
「Sales-ledが伸び悩んだからInboundも始めよう」「Inboundのリードが足りないからイベントも追加しよう」── 課題が出るたびに新しいモーションを足していく。結果、3つも4つも走っているが、どれが主軸か分からない。経営会議で「で、何で稼いでるの?」と聞かれても答えられない。
やるべきこと: 主軸モーションを1つ決める。 売上の50%以上を担うモーションが「主軸」。残りは「補完」。主軸に最もリソースを投下し、補完モーションは主軸を支える役割に限定する。「全部均等」は設計の放棄です。
失敗パターン② モーション別の成果が計測できない
Sales-ledとInboundとイベントを並行して走らせているが、商談の「起点がどのモーションか」がCRM上で判別できない。「この商談はInboundのリードから来たのか、イベントで名刺交換した人か」── 分からないから、どのモーションに追加投資すべきかも判断できない。
やるべきこと: HubSpotの「オリジナルソース」と「カスタムソースプロパティ」を設計し、リードの起点モーションを必ず記録する。モーション別の商談化率・受注率・ACVをダッシュボードで比較できる状態を作る。計測できないモーションは、投資判断ができない。
失敗パターン③ セグメント×モーションの「割り当て表」がない
「大企業にはSales-led」「中堅にはInbound」と口では言っているが、明文化されていない。結果、営業が中堅企業にもSales-ledで個別アプローチし、マーケが大企業にもInboundのメルマガを送る。重複とすれ違いが発生する。
やるべきこと: セグメント × モーションの割り当て表を1枚作り、全部門で共有する(詳細は次の「実践パターン」で解説)。
実践パターン:セグメント×モーションの設計法
複合モーションの設計は、以下の3ステップで行います。
ステップ1:セグメントを定義する
ターゲット市場を、購買行動が異なる2〜4つのセグメントに分ける。分け方の軸は企業ごとに異なりますが、よく使われるのは以下の組み合わせです。
企業規模(大企業 / 中堅 / SMB)
ACV(年間契約額)(100万円以上 / 30〜100万円 / 30万円以下)
業種(製造業 / IT / その他)
既存/新規(既存顧客の拡大 / 新規獲得)
注意: セグメントは4つ以内に抑える。5つ以上になるとモーションの割り当てが複雑になりすぎて、現場が覚えられません。
ステップ2:セグメント別にモーションを割り当てる
各セグメントに「主軸モーション」を1つ割り当て、必要に応じて「補完モーション」を追加します。
設計例:製造業向けIT企業の場合

この表が「複合モーションの設計図」です。 1枚の表が、リソース配分・KPI設計・レポート構造のすべての起点になります。
ステップ3:モーション別のKPIとレポートを分ける
HubSpotのダッシュボードを、モーション別に構成します。
Sales-ledダッシュボード: アカウント進捗、商談パイプライン、営業活動量
Inboundダッシュボード: リード獲得数、MQL→SQL転換率、コンテンツ別の貢献
イベントダッシュボード: 参加者数、イベント後の商談化率、イベント起点のパイプライン
統合ダッシュボード: 全モーションを横断して「モーション別のROI比較」を表示。月次ビジネスレビュー(OC)で「どのモーションに追加投資すべきか」を判断する材料。
製造業での現実解
製造業のBtoB企業では、複合モーションが「自然発生」していることが多い。問題は、それが設計されていないこと。
① 「営業が訪問+展示会+代理店」は、すでに3モーション。 多くの製造業は、Sales-led(営業訪問)+ Event-led(展示会)+ Partner(代理店)を同時に走らせています。ただし、これを「複合モーション」として設計している企業はほぼない。「営業が行って、展示会にも出て、代理店からも案件が来る」── 成り行きで3つが走っているだけ。
やるべきこと: まず「うちは今、何個のモーションを走らせているか」を棚卸しする。その上で、各モーションの主担当・対象セグメント・KPIを明確にする。成り行きの3モーションを「設計された複合モーション」に変えるだけで、リソースの無駄が大幅に減ります。
② Inbound追加が最も多い「2モーション目」。 製造業がSales-led一本から複合に進化するとき、最も多いのが「Inboundの追加」です。Webサイト改修、コンテンツ作成、MA導入── しかし、Sales-ledの運用OSが未整備のままInboundを追加すると、リードは来るが商談化しない。「InboundのリードをSales-ledの営業がどうフォローするか」のSLA設計が先です。
③ 「主軸はSales-led、補完でInboundとイベント」が製造業の現実解。 高単価・長期検討の製造業では、Sales-ledが主軸になるケースが大半です。InboundやイベントはSales-ledを支える「補完」として位置づける。主軸と補完の役割を明確にするだけで、「全部やってるのに成果が出ない」問題の大部分が解消します。
まとめ:判断フレーム
複合モーションに進むべきか、何から手をつけるべきかを判断するためのフレームです。

①主軸の安定
1つのモーションが安定して回っているか?
YES → 2つ目のモーション追加を検討する
NO → まず1つを安定させるのが最優先
②セグメントの違い
セグメントで購買行動が明確に異なるか?
YES → セグメント別の割り当て設計へ進む
NO → 1つのモーションに集中する方が効率的
③リソースの分担
モーション別に担当者を分けられるか?
YES → 割り当て表を作り、運用を開始する
NO → リソースに合わせてモーション数を絞る
④起点の計測
商談の起点モーションを計測できているか?
YES → モーション別ROIで投資判断ができる
NO → ソースプロパティの設計から着手する
⑤運用OSの整備
ファネル定義と会議体が動いているか?
YES → 複合モーションを本格設計する段階
NO → L5の整備を先に。モーション増は後から
複合モーションの本質は、「全部やる」ではなく「選んで分ける」です。主軸を決め、セグメント別に割り当て、モーションごとにKPIを分けて計測する。この設計があって初めて、複数のモーションが「互いに補い合う」状態になります。設計なしの"全部やる"は、リソースを分散させるだけ。"何もやらない"と同じ結果に終わります。
自社に合う戦略を見極めたい方へ
「Sales-led、Inbound、PLG、パートナー、イベント──自社に合う獲得モーションはどれか」──この判断は、ACV・検討期間・プロダクト特性・チーム体制の組み合わせによって最適解が変わります。
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参考文献
HubSpot Blog: How to Build a Go-to-Market Strategy — GTMモーションの選定と組み合わせに関するHubSpotの公式ガイド
Winning by Design: The Revenue Architecture — SaaS企業のGTMモーション設計とスケーリングのフレームワーク
Gartner: B2B Buying Journey — BtoBの購買プロセスの複雑化と複数チャネル対応の必要性
OpenView Partners: The GTM Motion Playbook — PLG + Sales-ledのハイブリッドモデルの設計指針
GuildSpot "HubSpot戦略活用のご支援" — 5レイヤー×30コンポーネントの詳細
