子どもの学力低下は「勉強しない子が増えた」だけで片づけていいのか

子どもの学力が下がっている。

この言葉だけを聞くと、多くの人はすぐに原因を探したくなる。

「スマホのせいだ」
「ゲームばかりしているからだ」
「コロナで学校に行けなかったからだ」
「親が勉強に口を出さなくなったからだ」
「学校の教え方が変わったからだ」

どれも、まったく間違いではないのかもしれない。

けれど、こういう大きな問題を考えるときに一番危ないのは、原因を一つに決めつけることだと思う。

子どもの学力低下は、おそらく単純な話ではない。

学校の問題でもある。
家庭の問題でもある。
社会の問題でもある。
そして、子どもたちを取り巻く情報環境そのものが変わってしまったことの問題でもある。

つまりこれは、「最近の子は勉強しない」という一言で終わらせていい話ではない。

むしろ大人の側が、子どもに何を学ばせたいのか、どう学ばせたいのか、そして何のために学ぶのかを、きちんと整理できていないのではないか。

そんな疑問がある。

学力低下というニュースの重さ

子どもの学力が下がったというニュースは、よくある教育ニュースの一つに見える。

けれど、よく考えるとこれはかなり重い。

なぜなら、学力というものは一日二日で急に変わるものではないからだ。

今日勉強しなかったから、明日いきなり全国の平均点が大きく下がるわけではない。
一週間ゲームをしたから、全国の小学生や中学生の力が一斉に落ちるわけでもない。

学力は、日々の積み重ねの結果だ。

授業の質。
家庭での学習習慣。
読書量。
親の関わり方。
友人関係。
スマホやゲームとの付き合い方。
学校のカリキュラム。
社会全体の空気。

そういうものが何年も積み重なって、ようやく数字として表に出てくる。

だから、学力が下がったという結果が出たとき、それは「今ちょっと調子が悪い」という話ではなく、数年前から続いていた変化が、ようやく見える形になったということでもある。

ここを軽く見てはいけない。

もちろん、テストの点数だけがすべてではない。
子どもの価値は点数では決まらない。
それは当然だ。

けれど、だからといって学力の低下を軽視していいわけでもない。

読む力。
書く力。
計算する力。
筋道を立てて考える力。
言葉を理解する力。
資料を読み取る力。

こうした基礎的な力は、将来どんな道に進むにしても必要になる。

勉強ができる子だけが偉い、という話ではない。
でも、学ぶ力を十分に育てられない社会は、子どもたちの選択肢を狭めてしまう。

そこが問題なのだと思う。

ここから先は

7,362字
この記事のみ ¥ 670
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

中学受験に関する有料note全記事を、1つにまとめたマガジンです。 中学受験は本当に必要なのかという根本的な疑問から、成績を伸ばす家庭の…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?