暮らしを軽くするために捨てた9つの衣装ケースと、どうしても捨てられなかったもの
捨てることが目的じゃなかったんだな、って最近になってやっと気づきました。
わたしにとって本当に必要だったのは、「捨てる勇気」よりも、「残す理由」だったんです。
こんにちは。
このnoteを開いてくれてありがとうございます。
あなたは今、何かを「捨てよう」としていますか?
それとも、何かを「手放すべきかどうか」迷っているでしょうか。
わたしは、うつ病をきっかけに、暮らしを見直すことになりました。
もともとミニマリズムに興味があって、いろんな“持たない暮らし”の本を読んできました。
だけど、頭で分かっていたことと、実際の暮らしって、ぜんぜん違っていて。
わたしは、「捨てること」にこだわりすぎて、肝心なことを忘れていたんです。
それは、「残すこと」の意味です。
わたしがうつと診断されたのは、ほんの1年ほど前のことでした。
病院で正式にそう告げられたとき、「やっぱり」と思った気持ちと同時に、
どこかホッとするような、不思議な感覚がありました。
“ちゃんと休んでもいい”
そんな許可を、自分に出せたような気がしたからです。
だけど、その安堵はほんの一瞬で、
実際の生活は想像していた以上に、重く、苦しいものでした。
朝、目を開けるだけで、体がずしりと重い。
動こうとすると、身体のパーツが別々に感じられる。
顔を洗うだけで息が上がる。
キッチンまでの数歩が、まるで登山のようにしんどい。
布団の中に潜っても、眠れるわけじゃない。
ただ、動けない。考えられない。
テレビもスマホも、全部まぶしすぎて、
静かな暗闇に逃げ込むしかなかった。
「今日も何もできなかった」
「家族に申し訳ない」
「こんな自分、意味があるのかな」
そんな言葉が、頭の中でぐるぐる回り続ける日々。
朝が来るのが怖くて、夜はずっと不安だった。
だけど不思議と、午後になると、ほんの少し体が動くようになる日がありました。
“午前中は死んだように寝ていても、午後だけは何かができるかもしれない”
そんな小さな希望が、わたしの再出発のきっかけになりました。
ある日の午後、ふとスマホでYouTubeを開きました。
流れてきたのは、1人の女性ミニマリスト(オノチャン)の動画。
「子どもがいる家庭こそ、物は少ないほうがいい。危ないことも減るし、子ども自身が管理できるから。」
その言葉に、目が覚めたような感覚がありました。
わたしは、子どもがいるからこそ、
「仕方ない」「捨てられない」「また使うかも」と、理由をつけてモノを抱え込んでいました。
でも、心のどこかでは、わかっていたんです。
本当は、わたし自身が疲れていたんだって。
翌日の午後、わたしはクローゼットの前に立ちました。
そこには、9個の衣装ケースが積まれていました。
詰め込まれた服、布、カバン、もう着ないけど捨てられなかった洋服たち。
息子のサイズアウトの服や小物。
どれも“思い出”や“未来への期待”にくっついていて、捨てるのがこわかった。
でも、今のわたしにはもう必要ないものばかりでした。
わたしは、ひとつずつ衣装ケースを開けては、服を手に取りました。
「これは、今のわたしを助けてくれるだろうか?」
そう問いながら、袋に詰めていきました。
無理をしない。
1日1ケースだけでもいい。
しんどい日は、見るだけで終わってもいい。
そうやって自分と相談しながら、少しずつ手放していきました。
そしてある日、すべての衣装ケースが空っぽになったとき、
部屋の空気が変わりました。
広くなったわけじゃない。
何か特別な家具を入れたわけでもない。
でも、明らかに「余白」が生まれていた。
呼吸がしやすくなって、気持ちも静かになった。
そのときです。
クローゼットの奥から、ひとつの袋が目に入りました。
中に入っていたのは、「使い捨ての生理用ナプキン」でした。
今のわたしは、サニタリー吸水ショーツを使っている。
ミニマリスト的だし、環境にもやさしい。
洗って何度も使えるし、かさばらない。
「これさえあれば、もうナプキンはいらない」
そう思っていたはずでした。
でも、そのナプキンを手にしたとき、
わたしの手は、止まりました。
捨てられなかったんです。
実はその少し前から、吸水ショーツを使っているときに違和感を感じていました。
「なんとなく臭う」
「洗っても取れない」
「おりものの量が多い気がする」
気になって婦人科を受診したところ、診断は「細菌性腟炎」でした。
免疫力が落ちているわたしの体には、吸水ショーツは合わなかった。
治療後、ナプキンに戻したら、体調がすぐに良くなった。
それを機に、わたしはこう思いました。
「合理的じゃなくてもいい。エコじゃなくてもいい。
わたしの体がラクで、安心できるなら、それでいい」
それが、わたしにとっての「残す理由」になりました。
それからは、「自分にやさしいかどうか」を基準に、モノを見つめ直すようになりました。
たとえば、服。
スキニーやタイトスカートより、ゆるっとしたワンピースのほうが落ち着く。
そう気づいてからは、「似合うか」より「心地よいか」で選ぶようになった。
カバンや靴も、デザインより軽さ。
手に取るものは、どんどん“わたし仕様”に変わっていった。
ミニマリズムは、数を減らすことがゴールじゃない。
本当に必要なものを見極めて、
「これは、わたしを支えてくれている」と思えるものを、
ていねいに残していくこと。
それが、「わたしの暮らし」の軸になっていく。
あなたには、捨てられなかったものがありますか?
誰に理解されなくても、
なんとなく手放せないもの。
それを見ると、安心するもの。
なくなると、少し不安になるもの。
もしそれがあるなら、それはきっと、
あなたの「軸」になれる存在かもしれません。
捨てない選択も、立派な“整える”なんです。
このnoteでは、そんなわたしの「捨てること」と「残すこと」の記録を綴っていきます。
うつのなかで、“暮らしを軽くする”ことがどう心を支えてくれたか。
そして、「これは残す」と決めたとき、自分を信じる力が少しだけ戻ってきた話。
もし今、暮らしや心の中がごちゃついているなら、
この物語が、あなたの「選びなおし」のヒントになりますように。


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