星の数より。(古賀コン8応募作)
ボウルの角に、たまごをあてる。
たまごは、二人で三つ。かん、高らかに一撃で割る。
空気を含ませてたっぷり大きくかき混ぜたたまごに、岩塩と、挽きたての胡椒をごくわずかにあわせる。白身と黄身とがまんべんなく混ざり、いのちが、形を変えてゆくさまに心のなかでそっと手を合わせる。ミルクを加えて、さらに大きく混ぜる。泡だて器は、手首で回転させる。泡立ても、足りないのはよろしくない。けれど、行き過ぎれば仕上りは別物になる。肘をやや上に、ボウルと泡だて器の角度に注力しながら、しゃくしゃかとリズミカルに、タンタンと切りつけるように、くるくるとやさしくすくいあげるように、さまざまな角度で、無駄のない動きで、きっぱりと混ぜていく。すべてがバランスよく行き届き、空気をたっぷりと含んできたところで、良く磨いたフライパンをかんかんに焼いてバターをなじませる。一旦火からおろしたフライパンを濡れ布巾に着地させる。接面から、水分の揮発する音がして、温度が下がったとわかる。バターが焦げ付く前に卵液を流し込む。バターのふくよかな香りがたちのぼり、中央から流した液体はちりちりと音を立て、いかにも旨そうなにおいを振りまいた。片手で振れるちいさなフライパンに黄金の水面として広がるそれは、モッツアレラチーズをとろかしながら、ふちからきちりと固まっていこうとする。一度固まり始めると、引き返すことはできない。泡だて器を菜箸に持ち替えて、フライパンを再び火に戻す。固まりきる前のものを内に巻いて、オムレツ、として整えていく。柄を握る手首をかるく叩き、ミライは自分の手前に向けて、寄せて畳むように形成する。水面をときどき、ほぐしながら。真っ平に畳むようのは、オムレツの道義に反するのだと口うるさい。
「トリュフ、削ってください」
「そういうのないから」
「じゃあ、マッシュルームで」
「それもないし」
「え。チーズだけでいいの。じゃあ、モッツアレラオンリーでいくよ」
「いいのもなにも、それQBBチーズでしょ」
そうは言ったってあなたは最高のオムレツを食べたいんですよね。と不満そうなミライに、ミドリは「ミライがつくってくれたらいつだって星付きなんだけど」と笑った。
温めた皿には、酢漬けにしたきゃべつと昨日買ってきたばかりのレタスとトマトが、見目よく配置されている。グレープフルーツジュースをなみなみと注いで、それは先に並べておいた。今朝はアメリカ式ね、とミドリが言って、彼女は、鼻歌と共に、不揃いのカトラリーをセットした。トースターには、ほどよく焼き目のついた食パンが取り出されるのを待っている。ミライはフライパンの火を止める。トースターを覗き、パンにバターを刷こうとする。
「わたし、バターなしで」
ミドリは、いただきもののいちごジャムを掲げて見せた。
「でもほらジャムも、その、バターの沁みたところに塗った方がおいしいじゃないですか」
「だってカロリー」
「この際カロリーは」
「だめ。オムレツにあれだけバターぶち込んだら、ちょっとパンには塗れない。こわい」
「そう言ったって、その、最高のオムレツには」
「オムレツはオムレツで、もう出来上がろうとしてるわけでしょう」
ミライは、肩をすくめてフライパンに目を落とす。
とん、と返したその表皮は、見事なまでにつるりと美しい。
「まるで盗んできた半月。天才の技」
とひとりつぶやいて、大皿に移した。自分のぶんだけパンにつけて、ミドリに、本当に要らないかどうかたしかめてバターを冷蔵庫に仕舞った。
「ねえ、ケチャップ取って」
「いや、これはそのまま食べていただくのが一番おいしくてですね」
「ケチャップ好きだもん」
とろけるような笑顔に、ミライは、ケチャップを手渡しする。二つ星を獲得してから厨房では誰も逆らわなくなって久しいが、ミドリにはかなわない。リビングに差し込む日差しはすっかり春で、二人で迎える朝は二年目を超えた。
(了)
【第8回】 私立古賀裕人文学祭:募集要項はコチラ。
TLでみつけた文学系奇祭。
3/9 15:50-16:50で、一気に書いてみました。2回目の参加です。
