015.選抜基準の「霧」─投資と回収、そして数字の矛盾─
櫻坂46の14thシングル「The growing up train」の選抜フォーメーションが、昨夜放送の「そこ曲がったら、櫻坂?」内で発表された。
それは本来、素直に祝福し、高揚していいニュースのはずだった。なぜならこの曲は、グループ最大規模となる国立競技場での「5th YEAR ANNIVERSARY LIVE」を牽引する「リード曲」だからだ。櫻坂46というグループが、今どこに立ち、どこへ向かうのか。その答えを外に示す1曲になる。
しかし、昨夜の発表直後に胸に残ったのは高揚感ではなく、説明のつかない違和感だった。

今回の選抜を見て、初選抜を含む選抜を祝福するのは前提としながらも、真っ先に思ったのは「基準が見えない」ということ。
ミーグリ指標を重視した形跡もあれば、そうでない判断もある。外仕事を多く与えられてきたメンバーが評価されていない一方で、別の理由で守られているように見える配置もある。世代交代を打ち出したいのかと思えば、中心は依然として二期生のまま。どの軸で見ても中途半端、どこかに矛盾が残る。

もちろん、納得できる点や、受け容れざるを得ない点もある。
13thで結果を残した谷口愛季の選抜復帰や、初めて1次完売を達成した大園玲が2列目に上がったことは正当な評価であり、石森璃花は「ボーダーメンバー」と認めざるを得ないし、また谷口のBACKS行きがあったように、村山美羽のような既に選抜常連組であってもBACKS行きがあるということ。
だからこそ余計に、その他の部分が際立ってしまう。
特に引っかかるのは、四期生の扱いだ。
合流自体が早すぎるとは思わないが、人数と配置が拙速に見える。段階を踏まずに複数人を同時投入した結果、わずか1作でBACKS戻りとなった遠藤理子の存在がある。その歪みを「仕方がない」と飲み込めるほど、この曲は軽い位置づけではないはずだ。
(乃木坂46と日向坂46で新期生がセンターを務めたので、合流せざるを得なかったという判断も解る)
さらに言えば、「011.14thシングル選抜の必然性」でも書いたが、外仕事という形で「投資」されてきた小島凪紗が、このタイミングで選抜入りしない構図は、将来への道筋を不透明にする。
評価はしているが使われない。その状態が続くことは、ファンにとっても、本人にとっても決して健全ではない。
ここ数年、乃木坂46の運営判断に違和感を覚え、櫻坂46により強く惹かれてきたファンは少なくないだろう。少なくとも、私はそうだった。
だからこそ今回、「あの時に感じた流れが、ここにも来てしまったのではないか」という感覚を抱いた人もいるはずだ。それは失望というより、不信感の芽生えに近い。
何よりつらいのは、この違和感が楽曲やメンバー個々の実力とは無関係なところにある点だ。
櫻坂46は、国立に立つだけの表現力と積み重ねを持ったグループだと、今も信じている。だからこそ、その入口であるリード曲の人選に戸惑いを覚えてしまう。
国立競技場は、ご褒美であり、祝祭であり、答え合わせの場であるべきだ。
その大舞台を前にして、なぜこんな気持ちにならなければならないのか。
この問いが、杞憂で終わることを願っている。
今はただ、この列車がどの線路を選んだのかを見届けるしかない。
