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過去の痛みが私の軸を育ててくれた

はじめに

先々週、自分が入っているオンラインコミュニティのイベントに参加して、とある運営を任されました。
その瞬間、胸の奥が少しざわつきました。
本当に思い出したくないのになぜか思い出す大きな失敗があるからです。

それは、私が自分軸を持てなかったために起きた事象、どちらも自分軸を意識している今の私を作った失敗でした。


1つ目の痛み ― 「任せられない」と言われたあの日

新卒で入社して3年、初めてプロジェクトの担当を任された頃の私は
まだ「誰かに合わせる自分」しか持ち合わせていませんでした。失敗したくない思いが強すぎました。

「リーダーである先輩の言う通りにしていれば、きっと大丈夫」
そうやって安心や思考を先輩という他人に預けていました。

でも現実はどこかずれていました。
周りとやりとりしたり、話し合うほどになぜか噛み合わない。
進めば進むほどに違和感が積み上がっていく。
その結果、プロジェクトは一気に破綻しそうになりました。

原因は、先輩が問題を抱えすぎていたことでしたがでもその責任は私にも向けられました。そして上司から言われた一言

「自分には仕事を任せられない」

その言葉を言われた瞬間、胸の奥がギュッとつかまれたように痛くなりました。

悔しくて、情けなくて、でも何も言えない。

自分が空っぽであることを突きつけられたような感覚でした。

自信が崩れていくのは一瞬でした。
次第に気力も失われ、会社で過ごす時間そのものが重くなりました。
そして部署異動の命令、完全に会社で仕事する気持ちが失せていました。

そんな時に、ほかの会社を受けて内定をもらったのです。それは救いのようでもあり、逃げのようでもありました。

2つ目の痛み ― 「助けてもらえるはず」という甘さ

現在の会社でも大きな壁にぶつかりました。

親会社へ出向し、プロジェクトを任されたものの、私は心のどこかでこう思っていました。

「親会社だし、きっと教えてくれるだろう」

けれどその期待はすぐに崩れ去りました。
現場は「自分でなんとかしろ」という空気に満ちていました。

誰も教えてくれない。手を差し伸べてもらえる気配すらない。

そんな環境で空回りを続け、ついには仕事が始まると「できていない」と責められる言葉が続きました。

胸の奥に溜まっていったのは、悔しさや怒りだけでなく

「私には何もできないのではないか」という静かな絶望でした。

準備不足だったのも動きが足りなかったのも事実。それが余計に、自分を責める材料になっていきました。

あの頃の私は、仕事だけでなく、自分自身の存在まで小さく見えていた気がします。

異動後に感じたのはまた同じ痛み

そして今年9月、社内公募で今の部署へ異動しました。上期の評価は前の部署での評価、結果は昨年より低い評価でした

さらに新しい部署に移って2ヶ月、初めて上司と面談を行いましたが、上司からの評価は決して良いものではない印象でした。これは自分でも動けていないと感じていたので返す言葉がなかったです。

昔と同じように、胸の奥がざわつきました。「また、うまくいっていないのか」と。

正直、落ち込む日もあります。どうしてこんなにうまくいかないのか、
自分でも分からなくなることがあります。

でも、今の私はもう“逃げるため”には動かない

ただし昔と違うことがあります。

それはこの痛みや不安を抱えたままでも「自分軸で動こう」と決めていること

あの頃の私は、誰かに合わせることで安心しようとしていました。
正解を外側に求めていました。

でも今の私は、失敗した自分を否定するのではなく、その痛みも含めて「自分そのもの」として認めようとしています。

完璧じゃなくていい。
弱い日があってもいい。
ただ、自分の足で立ち上がることを続けたい。

そのために、今日も少しずつ動いています。

自分軸は、痛みの中で育つ

自分軸って、強い人が最初から持っているものじゃなくて、失敗や悔しさの中で、ゆっくり育つものなのだと思います。

逃げた日も、踏ん張った日も、自信が消えた日も、少し戻ってきた日も
それらは全部その軸を作る材料になります

私の軸はまだ細くて、頼りない。だけど、確かに前より強くなっています。

私はこれからも、あの2つの痛みを胸にしっかりと自分軸を磨いていきます。

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