正解探しをやめた日
「あの時、子どもに聞けばよかった──『どうしたい?』って。」
正解を教えることが、親の役目だと信じてきた私が、ある後悔から気づいたことがあります。
〜正解を教えてきた私が、いま伝えたいこと〜
指示する親、後悔の念
「こうしなさい」「ああしなさい」
そんなふうに、我が子にずっと指示をしてきました。
「こうすればうまくいくよ」
そう言って、子どもが考える前に“答え”を渡していました。
それが“正解”だと信じて疑いませんでした。
それが“正しい生き方”だと思い込んでいたのです。
震災の時、聞くべきだった
小学4年生の3月。
あの日、子どもは東日本大震災を経験しました。
テレビに映る光景は、目を背けたくなるものばかりでした。
「こんなの見せちゃいけない」
そう決めつけて、私は子どもを連れて現地に行くことをやめました。
でも今でも、あの選択を悔やんでいます。
あの時、子どもに聞くべきでした。
「あなたはどうしたい?」と。
もっと話すべきでした。
「どんな気持ち?」と。
優柔不断にしたのは誰?
うちの子は、優柔不断で、自分でなかなか決められない。
もっと自分の意見を言ってほしい。
もっと自分で決められる子になってほしい。
そう思っていました。
でも、そう育てたのは私自身だったのです。
失敗しないように
転ばないように
レールの上を歩かせて
“正解”ばかりを教えてきました
正解は一つじゃないと気づく
でも本当は、
“正解”なんて、人それぞれ。
自分の正解は、自分だけのもの。
“正しい生き方”なんて、どこにもない。
私は“正解”を探しては、
“正解”を真似しては、
うまくいかない自分を責めて泣いていました。
正解のない時代を生きる
これからの社会には、
「正解のない問い」があふれています。
自分で考え、自分の意見を持つことが求められていきます。
だからもう、“正解探し”はやめましょう。
完璧を求めるのもやめましょう。
同じ後悔を、誰かにさせないために。
次の世代の子どもたちの未来のために。
私は、声に出して伝えていきたい。
いま、できることをしたい。
心から、そう思っています。
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あなたは、どんな“正解”を探してきましたか?
子どもに、どんな問いを投げかけていきたいですか?
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