検証 オールドメディアは何をしてきたか?-①「ゆるせなーい!の喧騒づくりと旧社会党の栄枯盛衰
オールドメディアの信用が地におちつつある。
かつて、オールドメディアは「嘘」「デマ」「印象操作」のやりたい放題であった。そのことが、ネット時代になって噴出してきているのであるが、いったいいつくらいから「やりたい放題」になってきたのか?
これは昭和末期頃なのではないかと思う。
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1989年のマドンナ旋風
社会党が大躍進した!
1989年(平成元年7月5日公示、23日投票)の参議院選挙で、社会党が大躍進し、自民党が惨敗した。
このことを、当時の社会党委員長が土井たか子であったことから、マドンナ旋風ということが多い。
自民党惨敗の理由
主なものだけでも3点ある。
①前年からの続いていたリクルート疑惑、竹下登の献金問題で、竹下内閣が倒れた
②1989年4月よりスタートした消費税に対する反発
③竹下登の後に総理大臣となった宇野宗佑(6月~)の女性スキャンダル。
だが、惨敗という状態になるまで…の最後の一押しは、③ではなかったかと思う。
宇野宗佑スキャンダルは「サンデー毎日」のスクープから
1989年6月3日 に総理大臣となった宇野宗佑が、あっという間に辞任に追い込まれる契機となったであろう女性スキャンダルは『サンデー毎日』のスクープから始まった。
1989年6月18日号、発売は宇野総理誕生の三日後の6月6日である。



それまで、政治家の下半身問題はジャーナリズムのネタにしない…という不文律があったものが、突然ここにきて暴露がスタートする。
このスクープであるが、最初は「OL」と報じられたが、実は神楽坂の芸妓であったことが判明している。


このスクープが自民党を追い込んだことは間違いないだろう。
1か月後に参院選公示、投票日までひと月半のタイミングである。当然他のメディアも、後追い取材をする。
当時はバブル末期であり、フェミニズムの論調なんてのは「不倫のススメ」みたいなものもあるし、「女子大生の愛人契約」なんてものが週刊誌のネタになっていたりするご時世であり、「テレクラ」でのいろいろも話題になっていた時代だ。
なぜこれが「政治家の倫理」へと転がっていくのか?という点については、いささか疑問が湧いてくるところだ。
おそらくは「OL」という話題性と「30万円」という数字と「元芸妓」というネタが「進歩的な女性」の反感を買いまくり、「政局への影響」を作り出したい人々の思惑が舞い踊り、選挙戦直前に出た「宇野スキャンダル」は、「古い感覚の自民党」というイメージが増強されたのではないかと思う。
男女雇用機会均等法ができたのが1985年であり「会社社会の中での女性」の扱いに揺れていたあたりでもあり、その年の、新語・流行語大賞の新語部門金賞は「セクシャル・ハラスメント」であったそうだ。
誰が「山」を動かしたのか?
参院選挙後の土井たか子氏の「山が動いた」というセリフが有名になったが、「山」というのが「自民党体制」であるとともに「古い体制」といった意味合いもあっただろう。
だが、いったいだれが「山を動かしたのか?」というところも問題だ。
鳥越俊太郎というジャーナリスト
当時の『サンデー毎日』の編集長は鳥越俊太郎氏である。
平成期に一世を風靡した「ジャーナリスト」としては、鳥越俊太郎、田原総一朗、筑紫哲也の三人がまず挙げられるだろう、そのひとりである。
鳥越氏は、このスクープの後に毎日新聞社を退職しフリーのジャーナリストとなる。
鳥越氏は2016年の都知事選に野党共闘の候補者として出馬。
「女性の味方」的なイメージで、フェミニストたちの熱い支援を受けての出馬であったのだが、選挙期間中に文春、新潮の「スクープ」それも下半身ネタを食らう。



これに対し、鳥越氏は東京地検に、文春と新潮を告訴するという手に出た者だから、
野党候補の一本化のために、出馬を譲った宇都宮健児にも記者会見で批判され、
「ジャーナリストなんだから説明責任を果たすべき」
というような声も多数出てくる。
宇野のセックススキャンダルでのし上がった鳥越が、四半世紀以上たった2016年に、自身のセックススキャンダルで窮地に追い込まれたというところである。
宇野宗佑元首相は「説明を差し控える」としたことから、
海外メディア、フェミニストや人権団体が抗議するといった動きに繋がったわけであるが、その轍を踏まないために鳥越氏は告訴という手段をとったと考える向きもある。
確かに「告訴」という手段をとることで、宇野宗佑氏とは違った「正当性アピール」をしてはいる。
だが、結局、鳥越氏は三位という、支持基盤から見ると「惨敗」という結果を食らうことになる。

鳥越氏の応援に勢力的であったたのが、野党勢力、そしてフェミニストたちであったから、下半身スキャンダルは致命的なものになりえたというところだろうか。
「許せな~い」を盛り上げるのがジャーナリズムだった?
宇野宗佑を退陣に追いこんだのも、鳥越俊太郎に惨敗を食らわせたのも、どちらも、マスメディアの、倫理観に溢れた「下衆の勘繰り」と、野党支持の声の大きい女性たちの「ゆるせなーい」の盛り上がりの組み合わせであったように思う。
マスコミのネタとしては「許せなさそうなもの」であれば、なんでもよかったんだろう。
「許せない祭り」をやることこそが民主主義であると思い込んでいる人がマスメディアには多いのかもしれない。


「許せな~い!の喧騒」の終焉
「1989社会党の躍進→2012民主党政権の崩壊」という時代は、まさに「許せな~い」の喧騒で政局が大きく動いてきた時代だったと言えるだろう。
扇動の手法自体は、かつてからあったものだ。
①倫理観溢れる下衆の勘繰りをメディアが流す
②学者や評論家が「このままでは大変」という、もっともらしい裏打ちを垂れす。
③声の大きい人たちが「政治に変革を」の声をあげる。
だが、映像メディアの収録コストが下がってくる段階、新聞・雑誌メディアが部数を伸ばしていた段階において、メディアや出版が流す「世間の声っぽいもの」や「実情っぽいもの」が、影響力をあげてくる。
「事実基づいた報道」よりも「許せなーい」を扇動したほうが簡単に盛り上がりを演出できる。
おそらく、1970年台末頃から、そういった傾向はあらわれていただろう。
北朝鮮拉致被害者の一部帰国によって「社会党の大嘘」が暴かれたのが2002年であるが、メディアは変わらなかった。
安倍元総理が退陣しても、延々と野党が「アベ政治を許さない」を手放さず、モリカケサクラにこだわり続けたところで、安倍晋三暗殺事件が起こった。
その後も、相変わらず、偏狭な倫理観を垂れ流し「許せなーい」を読者・視聴者から引き出すことで政局を動かしたい人達と、「許せなーい」で盛り上がりたい声をあげたい人達はオールドメディアに跋扈しているようだが、その喧噪のに流されない、喧噪の渦から距離を置く人も増えてきた。
おそらく、ネットリソースの充実と、双方向通信の発達によって、今まで素人ではたどり着けなかった情報へのアクセスが良くなったことで「検証」がしやすくなってきていたのだろう。
いままで「胡散臭い」という段階にとどまっていた
「メディアの嘘やデマ、根拠のないレッテル貼り」
「左派勢力の嘘やデマ、根拠のないレッテル貼り」
が、あまり時間をおかずに暴かれるようになってきている。
変われない人々と高市首相叩き
それでも、変われない人はいるのだろう。
東日本大震災後、東電が許せない人々
安倍元首相が許せなかった人々
統一教会が許せない人々
さまざまな「許せない」を探して煽り、それを「革命運動」につなげたい人達はいるのだろう。
事実を事実として認識してしまうと、それまでの「怒りで輝いてきた人生」の大幅軌道修正を余儀なくされるので、逃避しているのかもしれない。
ジャーナリズムによる「許せない!の狂騒づくり」でのし上がってきた政治家もいる。
いわゆる土井チルドレンと言われた政治家がその代表格だろう。
官邸前集会【金権・軍拡・マッチョな女性首相にNO!!】に来ています https://t.co/qG9lWR1fER
— 福島みずほ 参議院議員 社民党党首 (@mizuhofukushima) November 10, 2025
「気に入らない者」「気に入らないもの」にレッテル張りをして、「許せない」と叫ぶだけの人達に、飽き飽きしている国民も少なくないと思うのだが、意に介さないかのように、彼らは旧態依然としたアピールを続ける。
頭が固い…だけかもしれない。
高市早苗首相と福島瑞穂議員、どちらがマッチョかと問われたら、福島瑞穂氏に軍配を上げる人は少なくないんじゃないか思ってしまうのであるが…。
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