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ご機嫌な人は、ユーモアでできている

あなたは、最近どんなことで機嫌を崩しましたか?
それ、笑い話に変えられそうですか?

「自分の機嫌くらい、自分で取ろう」
そう決めたら、生きるのがちょっと軽くなった。
ユーモアで乗り切る、“ご機嫌術”の話。

「ご機嫌でいること」
それは、私にとってひとつの“生き方”の理想。

でも現実は、ご機嫌でいられるほど甘くない日もある。

機嫌が悪くなる場面を思い返すと…
疲れが溜まっている、電車が遅れてる、子供が言うことをきかない、無神経なことを言われた等々。探せば、機嫌が悪くなる理由は日常にはあふれている。

機嫌の良し悪しというのは、伝播していく。

だから私は思った。
ご機嫌でいるには、“笑い”がいる。
ユーモアは技術であり、視点であり、
ひとつの思想なのだと。

「いつも笑ってるね」って、よく言われる。

別に、何もいいことがあったわけじゃない。ただ、“できるだけご機嫌でいたい”と思って生きているだけだ。

ユーモア思考とは“ツッコミながら生きること”

私は関東で生まれ育っているが、関西人のツッコミ文化が大好きだ。些細なことでも笑いに変えてしまう魔法。

関西人は、笑いの魔法使いだ。

麻婆豆腐を作ろうと思って買いものに行ったのに、肝心な豆腐を忘れる。アホか!と自分にツッコむ。この出来事を家族に話すと「ママらしい!」と笑いが起こる。

子供が床にお味噌汁をぶちまけたときも、床掃除したかったんだ、ちょうど良かったわ。

なにか、失敗したことや嫌だなと思うことがあっても「いいネタができた」と笑いに昇華させたり、「いい勉強ができた」と学びに変換させる。

不思議なもので、「笑えること」は、「許せること」に近い。ユーモアは、現実を変えないけれど、現実に対する受け止め方の角度を変えてくれる。それが、機嫌を取り戻すスイッチになる。

ご機嫌とユーモアは、自分の内側から湧いてくる

ユーモアは生まれ持ったセンスじゃなくて、
“心に余白を持ってる人”のことなんじゃないかと思う。

余白があるから、物事を多角的に見られる。
余白があるから、完璧じゃない自分も笑える。余白があるから、他人の失敗にもツッコミを入れられるけど、責めない。

そして何より、余白がある人は、
自分の機嫌を人任せにしない。

自分の機嫌は自分でとる。
それって平和だと思いませんか?

ご機嫌でいる人は、強い

ご機嫌でいることは、諦めないことだ。
気分が沈んでも、失敗しても、他人に何か言われても、“そこから立ち直る力”を持っている。

私が実践している“ご機嫌キープ術”は、いたってシンプル。

物事をフラットに見る練習をすること。
すぐには無理でも、まず「嫌だな」と思う気持ちをいったん置いておく。

そして、思考を巡らせる「あの人は、どうしてあんなこと言ったのかな?」「なぜ、あんなことしたんだろう」

ちょっと余裕がなかったのかな。
そして、ケロッと忘れる。
まわりがビックリするくらい、忘れる。

大人になると、誰かが自分のご機嫌を取ってくれることはほとんどない。だからこそ、自分でご機嫌を取る術を身に付けておく。

おわりに

ご機嫌でいると、人生はちょっと軽くなる。
機嫌がいい人って、空気を和ませるだけじゃなく、場を回復させる力があると思いませんか?

“いいことがあったから機嫌がいい”ではなく、ご機嫌でいることを、自分で選び取っていく。

人生、深刻になるより、ちょっと笑って生きてる方が、私は好きだ。
そのほうが、自分にも、周りにも優しくなれる気がするから。

今回も、最後まで読んでくださってありがとうございました。

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