『百人百色』 式子内親王
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの 弱りもぞする
式子内親王
私の命よ、絶えるのなら絶えてしまえ。生きながらえていると、忍んでいた恋心も耐え切れず表れてしまうかもしれない。
「もう死んでも構わない、あなたへの想いが届かないなら」
現代語訳は末尾に参考資料あり
真・竹取物語
私はなだらかな稜線を描く高い山を目印に舞い降り、竹藪の一本の竹に隠れて待った。
月宮殿に生まれた者は、成人する前に碧い星の人の暮らしを経験しなくてはならない。成人と言っても不老不死ゆえ、人に換算すれば180歳の頃だった。
気配がするたびに光を放ってみたものの獣ばかりが通る。待ちくたびれた3日目、1人の男が近づいてきた。
私はここぞとばかりに明るい光を放った。
「ああ、竹が光るとは神様のお遣いであろうか……
畏れ多いことなれど今より竹を切りますのでお姿をお見せくださいませ」
なかなかに品の良い声だ。私は合図として三度短い光を放った。
「男」は慣れた手つきで竹に斧を入れると、私をそっと抱き上げた。
「なんと麗しい姫君。かぐや姫とお呼びしましょう」
男の目に水滴が光る。そして驚いたことにその手は温かった。
温もりは瞬時に私の内側にも伝わり血潮がドクンと鳴った。
私は一瞬で男に「愛」を持った。まるで鳥が初めて見たものを母と慕うかの如く。
家には「女」がいた。男に似て優しい物腰だった。
「じじさま」の膝の上で戯れ、「ばばさま」の子守歌で眠った。
時折、私が従者に命じて竹藪に金銀を仕込んだので、暮らし向きは間もなくよくなった。(従者は人の目には見えない。)
私が笛を上手に吹いてみせると二人は目を丸くして喜び、聴き入っていた。
三年のうちに若い女の姿に成長してみせると目を細めて喜んでくれた。
ところが、じじさまへの募る想いとは裏腹に大人になった私にじじさまが触れることはなくなった。
私はばばさまが羨ましかった。夜になれば私は一人寝の身。じじさまの隣にばばさまが臥せているのかと思うと眠ることも叶わない。
月宮殿にいた頃は「心」などという厄介なものは持たなかったのに……
私は三十一文字の歌を詠むようになった。
間もなくしてじじさまから縁談の話を告げられた。溢れる涙を抑えようもなかった。大人の姿になどならねばよかった……後悔も頬をつたう涙も途切れることがなかった。
私の想いなどじじさまに届く筈もない。知られれば二人を裏切ることになる。堪えるより他に術はないが、じじさま以外の男と暮らすなど考えるだけで恐ろしかった。
なかなか首を縦に振らない私に、二人は躍起になって縁談を持ち込んだ。
私は私で無理難題を持ちかけては求婚者を退けた。
次第にじじさまは人が変わっていった。ささやかな暮らしに幸せを抱きしめていた頃をお忘れになって、地位や財産が「姫の幸せ」を呼ぶと勘違いされている。顔つきまでもが強欲になられてしまった。誰よりも心根の美しい方と尊敬しお慕い申し上げていたものを。
ばばさまに至っては、露骨に不機嫌を向けてくる。
「姫は何が嫌なのですか。我儘ばかり仰って年寄りを悲しませるとはなんと親不孝ものでしょう」
ある日のこと。帝の遣いが文を携えて訪れた。
「姫、ついにお后様になられるのですよ」
老夫婦は恍惚とした表情で告げた。
「消えてしまいたい」
朧夜の月を見上げては涙が止まらない。
月の者が碧い星で命を落とすことは御法度。月宮殿においては死は不吉なものと忌み嫌われている。月に暮らす者は千年余りで光となり星の卵となると聞いた。
このように食事も喉を通らず痩せてしまっては、月より使者が来るだろう。従者が何もかも報告すれば手の打ちようがない。
碧い星での幼き日々を思い返す。温かく働き者のじじさまの手。優しい声に包まれたじじさまの膝の上。富士の山まで行きたいと我儘を言って湖のほとりまで共に歩いた日。背におぶわれて長い道のりを帰ってきたこと。
私が転ばぬように中腰で追いかけて来るばばさまの声も、あの頃は朗らかだった。私が笑うだけで家じゅうが明るい光に包まれ、月の都にいるかの如く淑気に満ちていた。
「欲」というものは実に恐ろしい。形あるものに心奪われるとは、人とはかくも弱き生き物なのか。今が潮時であろう。
心というものを封じ、従者に命じた。
「月に帰る」
私は死ぬことを許されていない。
帝の思し召しを受けた今、そっと家を離れることも儘ならぬ。
大事にはしたくなかったが、もはや望月の眩しさに目を眩ませ、全てをなかったことにする他ない。
私も全てを忘れる。また月宮殿で心を揺さぶられることなく雅な生活を送る。それがこれ程までに虚しく感じられる不思議。人の心も肌の温もりの恋しさも己一人でどうすることもできないが、それ故に「人生」は面白いのだと知った。
「じじさま、ばばさま、私は月の者。今より迎えが参ります。どうかお引き止めになりませぬよう。
私は幸せでした。愛し愛されることを知りました。別れは辛いですが哀しみにまさる宝物を得ました。ありがとうございました」
あとがき
かぐや姫が残した歌は、読み人知らずの和歌として後世に伝えられ、姫が月の文字で綴った柔らかな仮名文字とともに後の世に伝えられていった。
別れ際にかぐや姫が渡したといわれる不老長寿の薬は、そのまま富士の峰に残されているという噂は旧知の通り。
なお、式子内親王はかぐや姫の生まれ変わりとの説が古都の都市伝説として誠しやかに囁かれていた、という話も既に都市伝説となっている。
ー完ー
☆絵を担当してくださる方を募集中です。よろしくお願いします。
(追記 3/13 23:50)
☆カンナ|をかし探究隊隊長 様が
絵を描いてくださいました❣️
ぜひ、カンナ隊長の記事で画像全体をご覧くださいませ😊
<参考>
式子内親王が詠んだ和歌 『新古今和歌集』より
(式子内親王の和歌は『新古今和歌集』に49首入集。)
忘れてはうち嘆かるる夕べかな われのみ知りて過ぐる月日を
わが恋は知る人もなしせく床(とこ)の 涙もらすな黄楊(つげ)の小枕(をまくら)
ながめつる今日は昔になりぬとも 軒端の梅はわれを忘るな
帰りこぬ昔を今と思ひねの 夢の枕ににほふ橘
君まつと寝屋へもいらぬ真木の戸に いたくなふけそ山の端の月
さりともと待ちし月日ぞうつりゆく 心の花の色にまかせて
こちらの企画に参加させていただきました。
(本編は2000字に納めましたゆえ長文お許し願いますm(_ _"m))
