旅先で知らない人間関係の会話に耳を傾ける
妻の友達が遊びに来るというので、旅に出ることにした。
別に一緒に過ごしてもいいのだが、積もる話もあるだろう。僕がいると話せないこともあるはずだ。それに、こちらもこういう時でないと、ひとり気ままにリフレッシュする機会もない。ちょうど一仕事終わったところだし、一人慰安旅行といこう。
というわけで、半年に一度の頻度で訪れている隣県の都市まで来ている。しかも今回は贅沢に泊まりだ。これまでは、たまに気分転換がてら日帰りで高速バスを使ってやって来ているこの街。今回は一泊するので少々荷物も多いが、なんとかリュックに収めた。
到着してすぐ向かった先は、いつも訪れる独立型書店。この本屋さんに来ると、必ず読みたい本が見つかる。しかも、地元の書店には置いてなさそうな本に巡り合えるので、毎回楽しみだ。
狭すぎず広すぎない店内を2周する。気になる本がなくはないが、買うまでではない。今回はこのまま店を出ようか……と思っていたそのとき、目に留まった本があった。
「過去と生きる哲学」。フランスの人気哲学者による、大人のための哲学エッセイ――。
むむ、面白そうじゃないか。買うときというのは迷いが一切ない。買わないという選択肢がないのだ。おしゃれなメガネの店員さんが今日はコンタクトだったのも、なんだか良かった。物事はなんでも、いつも同じではない。万物は流転する。
さて、書店を出て次に向かった先は、自家焙煎珈琲のお店だ。
事前に見ていた地図ではこの辺だと思うのだが……。たしかにカフェはあるけれど、外観が違う。地図アプリを見てみると、どうやら交差点を一本早く曲がってしまったらしい。でも僕は、こういうのが好きだ。初めからアプリに頼らず、景色を見ながら、探しながら歩くことが。
そして辿り着いたお店。写真と実物は、当たり前だが雰囲気が違う。平面が立体になって目の前に現れたそのお店を見て、「実際に存在するんだな」と、思わず意味不明なことを感じてしまう。
店のドアを開けると、腰の低い男性店員が席に案内してくれた。「あ~、ここが地元なら、間違いなくこのお店に通うだろうな」と思う。と思っていたら、常連とおぼしき2人組の男性客がご来店。こうして集う人たちは、自分とどこか共通点があるのだろうな、としみじみする。
初めて来るお店では、一番上に書かれてあるメニューを注文することにしている。ブレンドとチーズケーキを注文。時刻はまもなく15時。おやつタイムである。
コーヒーを飲みながら、先程買った本を広げる。しかし、店内の客の会話が耳に入ってくるので、読み進めることができない。仕方がないので、あきらめて耳に入ってくる会話を(聞いていない素振りで)聞く。
旅先で知らない人間関係の会話に耳を傾けるのは、案外楽しいことに気づく。
珈琲店を後にし、一旦ホテルにチェックイン。少し休んで、リュックから小さいショルダーバッグに切り替え、財布とスマホと文庫本1冊だけを入れて再び外出。
目指すは映画館。「脱・映画のない日々」を掲げた身としては、久しぶりに映画館で鑑賞したくなったのだ。今の時間にちょうどいい映画を探す。
「ブゴニア」。エマ・ストーンか! よし、これに決めた。
上映まで少し時間があるから、松屋に寄ることにする。松屋では毎回、牛焼肉定食を食べる。ポン酢で食べるのが好き。ご飯は大盛。今日はよく歩いたから、食欲旺盛だ。
隣に公務員らしき男性3人組が座る。先輩と後輩だな、きっと。ときどき「その会話、機密じゃないか?」と思うが、3人は楽しそうに会話を続けていた。かつて僕が親しくしていた職場の先輩とときどきご飯に行ったことを思い出す。男3人でよく甘いものを食べた。
「過去と生きる哲学」という本には、こういう過去と今のつながりについても書かれているのだろうか。そしてあらためて、旅先で知らない人間関係の会話に耳を傾けるのは、案外楽しいということに気づく。
時間になり、映画館へ。約2時間。途中、血が飛ぶシーンがあり、「この映画、このままどうなっちまうんだろう?」「チョイスミスだったかな?」とも思ったが、なんとか最後まで鑑賞。ラストはまさかの展開にちょっとびっくり。かなり独創的な映画で、音響も独特だったので、ときどきその迫力に身体がビクッとした。映画は、事前情報なし&一人で観るに限る。珍しく映画館で観たので、そのまま映画館の前で映画アプリに鑑賞メモを記録。
すっかり夜になっていた。寒い。一日があっという間に過ぎた。でもよく考えると、本屋さんと珈琲店と映画館くらいしか行ってない。だけど、なんだかとても充実していた。
この日は、たまたまシャッフルで再生されたグレイプバインが不思議とマッチして、1日中聴いていた。妻は友達と楽しいひと時を過ごしていることだろう。
2日目はどうしようかな。あ、もう一か所、行きたい自家焙煎の珈琲店があるんだった。家具屋にも少し寄りたいし。で、おそらくまた行く先々で、知らない人間関係の会話に耳を傾けるのは、案外楽しいことに気づくのだろう。
