動き続けてきた私が、「静」を持つようになるまで

振り返ると、私はずっと「動いていないと不安な人間」でした。
予定が詰まっていること、誰かと会っていること、次のタスクが見えていること。
動き続けていれば、置いていかれずに済む。
そんな感覚を、無意識のうちに持っていたように思います。

日本に帰国してからも、その感覚は変わりませんでした。
慌ただしい日常の中で動き続けることを、どこかで「良いこと」だと思っていました。

ただ、今は少し違います。
意識的に「静」の時間を取るようになりました。

コーチングの学びを通じて、自分を客観的に眺める視点を持てるようになったこと。
単身赴任が始まり、一人で過ごす時間が増えたこと。
そうした変化も、きっかけの一つだったと思います。

けれど、「静」を受け取れるようになった一番の理由は、
上海でロックダウンを経験したことだと感じています。

意図せず立ち止まり、
誰とも会えず、外にも出られず、
自分と向き合う時間だけが、そこにありました。

あの時間があったからこそ、
目の前の出来事から少し距離を取り、
視線を将来に向けることができるようになった気がします。

自分はこれから、何を大切にしたいのか。
どこで、どんな感情を味わって生きたいのか。
周りの人たちに、どんな形で関わっていきたいのか。

「どう見られるか」よりも、
「何を大事にしたいか」を考える時間が増えました。
それは、エゴから少し離れられたということかもしれません。

今は毎週末、スタバで「静」の時間を持つようにしています。
以前の自分からすると、少し不思議な変化です。

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