ものごころ
「物心ついた時から~」という言い回しがあるけれど、「物心ついた」ってどんなときのことをさすのだろう。
毎日が連続している感覚があって、「自分は自分だ」みたいな意識があって、それに基づいてある程度行動できる、ということかなって思うけど、めっちゃ真面目に考えたら私、2年くらい前まで物心ついてなかったような気がする。
……でもそれは新鮮な記憶が2年くらいしか持たないのであって、自分で選択してきたことや決めてきたこと、大きな変化もたくさんあったからさすがにそれはない。と信じたい。
ある日突然ピシャーンと「自我」を感じたという人もいるらしいけど、特にこれといってそんな瞬間は思い浮かばない。
いちばんはじめの記憶……が物心ってやつなのかもしれないけど、幼少時の妙にリアルな記憶っていくつかあるものの、断片的なシーンだけで、自分の中の時系列も繋がりもめちゃくちゃ。
だけど共通して、大体2-3歳くらいだったかも。
もしかして最初の記憶かもしれない、そのうちのひとつ──トイレに💩アートをしていた記憶。
私は比較的早いときから、絵を描くのが好きだったしうまかったと思う。お花やシマリスやグッピーも好きだった。
そこで、トイレをお花やグッピーの絵で美しく飾りたい。家族みんなが落ち着ける場所にしたい──と崇高な信念を掲げ、インスピレーションの赴くまま、茶色い絵の具で真っ白なキャンバスに花の絵をめっちゃ描いたのだ。
めっちゃ楽しかった。そんな記憶。はぁ私Banksyかも。
あの時親が私の才能を見抜いてくれていたら、美大に行って今頃は現代アーティストとして活躍していたかもわからんね。
母親の悲鳴で「あれ私トイレに💩で絵を描いてる?え?意味わからん汚っ」と我に返ったのをよく覚えている。
目を瞑れば思い出す 自分の描いたお花や壁の模様まで。
でも、そのあとどうなったかはほんとに覚えてない。百たたきくらいには遭ったと思うけど、とにかくその日以来うんこアートは一度もしていない。
が、最近ちょっと怖いのは、老後ボケた時にうんこアート再開しちゃうかもしれないって話。
酷い痴呆症の老人はいろんなことを忘れてしまう中、小さな頃の記憶だけは忘れないのか、小さな頃の自分になりきってしまう人もいるらしい。
三つ子の魂百までということで、強烈な記憶というものは、きっとボケても歳をとっても脳にこびりついているものなのだろう。うんこのように。やかましいわ。
でも冗談抜きでそうなってしまったら怖い。
そうなったらマジで殺して欲しいけど、脳は物心ついていないからもう自我とかないのだろうな。
うんこアート痴呆ババアになって、周りに迷惑かけまくって……何もかも分からなくなって気が遠くなって……
ふと気づくとあの頃のマンションのトイレに私はいて、若き母の悲鳴で我に返った、3歳──みたいなタイムリープ展開もありかも。うわ~。めっちゃ嫌だ。やっぱいまのなしで。
でもボケている人の頭の中は、本当にそんな感じなのかもしれない。いつまでも2-3歳~80歳(現在)をループしているだけなのかもしれない。
こればっかりは実際にボケてみないと分かんないけど、ボケたらボケ体験記をnoteに書くことすらできないのだ。めっちゃ嫌だ。
いつまでも健康でいたいものですね。
運動します。
