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天体観測と未来予測:占いから学ぶ

 オカルト好きな自分であっても、「占い」については思うところがある。多くは許せるのだが、占いはどうしても許せないラインに時々入ってくる。名前の画数や血液型など(前世がどうだとかも)、もういい加減にやめてもらいたい。今回はオカルトの負の部分を攻めてみる。(小野堅太郎)

 天体観測が、占いの始まりである。街灯のない時代、日が沈めば、闇となり、空に瞬く星々がきらびやかに目に入ってきただろう。太陽や月がまるで地球を中心として回転しているように見えた。強く光る星々を一群でとらえ、星座、として伝えられていく。紀元前3000年、古代バビロニアで楔形文字が出てきて、人から人へ代々知識が受け継がれていく。季節の周期がおよそ365日であることと、星の動きがそれと一致する。今は当たり前のその現象は、将来を予想する大事な暦(コヨミ)となり、天文学を生むことになる。365はきりのいい360となり、一周が360刻みとなり、三角法が生まれてギリシャ時代にプトレマイオスが星の動きを正確に記録する。そこで生まれたのが、太陽と同じ軌道をとる星々の集まり「黄道12星座」。12に等間隔に分けたのは、360日の中で12回30日周期で月が満ち欠けするため。これにより夜空を見れば、1年のうちどの季節なのかがわかるようになった。雨季の到来、川の氾濫が予測できる。

 星座(恒星)とは別にグニャグニャと動く星(惑星)があるものの、1500年の時を経てコペルニクスが地動説を唱えるも、ティコ・ブラーエの巧みなハイブリッド解釈の方が人々を納得させる(ある意味、めちゃ賢い)。膨大で正確な天体観測記録を残したティコ・ブラーエは、それを弟子に託す。その弟子はがっつり計算して、自転と公転から地動説を不動のものにする。その弟子こそケプラー、占星術師。それでもちょいと変な動き(楕円軌道)があるので、より完璧に物理学的に説明したのがニュートン。天体物理学の曙である。そのニュートンの実験ノートは、占星術(ホロスコープ)を基にした錬金術の魔法陣みたいので埋め尽くされていた。

 いつものマナビ研究室記事ならば、ここで終わる。しかし、占いを個人的な楽しみに終わらせず、人の不安に付け込んだり、落し入れたりするのはやめてほしいのだ。これはあまりにも社会に蔓延しており、マスメディアでの占い報道・掲載がそれを助長している。

 名前の画数は非常に嫌いである。自分ならまだしも、自分の子の名前の画数を勝手に調べられて、「運気が悪い」と言われたときは激怒した。手相を見て40で死ぬといわれて、何も楽しくない(45に無事なれたが)。血液型の性格相性なるものを言われても余計なお世話である。留学中、同僚からゾディアックは何と聞かれたり、中国ゾディアック(干支)を聞かれて、この一年の運気を解説されても、白目をむくしかない。おみくじは凶だったら、もう一度引いてやり直す。でも、名前の画数も、手相も、血液型も、干支も、生まれ星座も引き直すことはできない。

 人生経験を積んだ占い師の言葉には「人生経験」もあって許容できる。行列のできている占い師の顔を見ると、当たるだろうなと思える。でも、風水で家具を置き換えたら金運上がって借金を返済できたとか、まったく意味が分からない。そんな報道をするメディアが、カルト宗教を批判できるのだろうか。占いに出会うたびに、何か悲しくなるのである。 

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