血液型と輸血:映画マッドマックス 怒りのデスロード からの学び(本当の主人公は誰か)
MAD MAX 怒りのデスロードからの学び、最終章です。マナビ研究室の記事ですので、物語の始まりと終わりに登場する輸血について当然考察していきます。(小野堅太郎)
公開から5年たっており、既に前日譚も漫画で出版されています。映画に出てくる子供は誰なのか。マックスの死んだ息子と思っていましたが、違うようです。詳細はWikipediaをご覧ください。サブタイトルからお察しの様に、マックスは真の主人公ではないという主張です。観た人は、本当の主人公がわかりますよね。フュリオサです。フュリオサ(Furiosa)という名前の意味は「怒れる女」(スペイン語?ラテン語?)です。他のハーレムの女5人の名前も性格を表した名前がついています。そして、映画の原題はFury road、怒りの道です。デスロードのデス、はいらないのですが、馬鹿っぽくて日本タイトルも好きです。ただ、作品の真の意図は消えています。この名前にもかかわらず、フュリオサは全然怒っていません。映画の中では、クライマックスの直前、1回だけです。本編を観てください。
さて、ジョージ・ミラー監督が救急で働いていた医者だっとという話をしました。また、水、という体液調節に不可欠なものが人には必須で、映画の世界ではガソリンと取引されているという話もしました。監督にとって、輸液は若いころの日常だったでしょうし、それを当然、映画の中に反映させたことでしょう。マックスは白塗りのウォーボーイズに捕まった後、背中に入れ墨を彫られます。他のサイトをご覧ください。要するに、ドナーとしての適性を背中に記録されたわけです。重要なのは「O-NEGATIVE, HIGH-OCTANE, UNIVERSAL DONOR」です。O型Rhマイナス、栄養状態高い、万能供与者、という意味です。一瞬ですが、画面の中央、しかも2行にわたって書いているところが、さりげない情報提供になっています。
さて、血液型と言えばABO式です。日本では性格判断に使えるという理由で初対面でも血液型をよく聞かれますが、私は質問した人と同じ血液型を言うように心がけています。海外では決して血液型を聞かないようにしてください。ともかく血液型は赤血球表面の物質の型(抗原)により決まります。Aという型とBという型、どちらも持たないO型です。AB型とはAもBも両方存在することになります。
日々生活する中で、A型の人はB型の物質に反応する抗体というものを血液中に作ってしまいます。そこで、もし身体にB物質(B型の赤血球)が入ってきた場合は、その赤血球に抗体が結合します。これは、体の中に一度感染した病原体が再度感染したときに起きる反応です(抗原抗体反応については、マナビ研究室の過去動画を参考にしてください)。こうなるとA型の人の血管に入ってきたB型の赤血球はからめとられ(凝集)、生体防御機構の働き(補体など)により破壊されます(溶血)。B型の人はA物質に対する抗体ができているので、A型の赤血球が血液に入ってくると同じ凝集・溶血反応が起きます。凝集すると血管が詰まりますし、溶血すると酸素を運べないので輸血の効果がありません。というわけで、A型の人の血液をB型の人に輸血することはできません。逆もそうです。
AB型の人はA物質もB物質も持っていますから、いずれの抗体も産生されません。ですから、A型、B型いずれの血液も輸血してもらえます。しかし、逆にA型、B型の人に自分の血液を輸血することはできません。だって、A物質もB物質も赤血球にあるので輸血された人の抗体が反応するからです。
それではO型の人はどうでしょうか。A物質もB物質もないので両方に対する抗体がそれぞれ血中につくられます。そのため、A型、B型、AB型すべての血液を輸血することができません。だから、O型の人はO型の血液しか輸血してもらえないのです。逆はどうでしょうか。A物質もB物質もない赤血球ですから、誰にでも輸血することができます。そういうわけで、O型の人はUNIVERSAL BLOOD DONOR、万能供血者と言われるのです。
ちょっと待ってください。この話には誤解があるのでそのまま信じてはいけません。これは、あくまでもA物質とB物質の話だけで、赤血球表面には無数の物質(抗原)があります。ABO式は一つの有力な指標であり、多くの輸血を成功に導きましたが、たまに上手くいかないのです。血液型としては300種類以上あるともいわれており、実際の臨床では交差適合試験といって、あらかじめ輸血される血液と輸血される人の血液を混ぜる検査をして、凝集・溶血がないことを確認してから輸血されています。
ABO式の次に有力な血液型がRh式です。Rhとはアカゲザル(Rhesus monkey)から来ており、ヒトの赤血球にアカゲザルと共通の物質があることが明らかになりました。しかし、一部の人(0.5%程度と言われています)にRhがありません。日本ではRhマイナスといい、英語ではNEGATIVEになります。今までの話だとRhマイナスの人はRhに対する抗体を自然に作ることになりますが、Rhでは自然には作らまれせん。Rhプラスの血液と混じりあって初めてゆっくりと抗体がつくられます。ですので、初めの1回だけはRhマイナスでもRhプラスの血液を輸血できます。2回目の時にはRhの抗体ができてしまっているので輸血できません。逆は問題ないですよね。Rhがない赤血球を輸血してもRhプラスの人は抗体を持ってないので、何の反応も起こさないわけです。
この一回、というのにも誤解があり、Rhマイナスの女性は妊娠した子供がRhプラスの場合はRhの抗体ができてしまいます。輸血だけでなく、2回目の妊娠にはリスクがあります。
というわけで、マックスはO型Rhマイナスですから、かなり有力な万能供血者なわけです(絶対ではないけど)。しかも、ハイオクです。一瞬のカットですが、だからマックスは誰にでも血液をあげることができるのです。そうでないほとんどの人は、映画のマックスのように簡単に他人に直接輸血をしてはいけません。
さて、輸血方法です。血液を送る方は心臓ポンプの力を利用します。病院で点滴を受けると液の袋を上に吊るしていますが、位置エネルギーを利用した液体落下の力で液を送っています。血液を受け取る側は、もちろん圧の低い静脈側で受け取る必要があります。そこでマックスは首の根元から触知できる動脈、総頚動脈に針を刺します。直接輸血はイヌの頸動脈で初めて成功しましたが、その方法と同じですね。ラストの輸血では、針を刺したとたんに赤い血液がチューブを走るのは動脈に刺したからです。しっかり空気を抜いてから、輸血される側の人の静脈に針を刺しています。実際は、もう少し血まみれになると思いますが、意外にもマッドマックスは血が噴き出さない映画なので最小限の出血描写になっています。
こういった医学的描写を映画のはじめと終わりに挟んで入れるという構成は、医者であり救急の現場を経験したジョージ・ミラー監督ならではということでしょう。映画には一人の医者が要所で何回か出てきますが、監督の写しではないかと考えています。また、これだけハードなスタントが第1作から行われているのも、なんかあったら自分がどうかしてやる、という自信があったのかもしれません。人が壊れるのは好きではないけど、マシンが壊れるのは大好きな人なんです。
前回と今回と理系的な話を展開しました。しかし、マッドマックスはシリーズ2作目から文系研究で有名なジョーセフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」という本を参考にしてストーリー構成が練られています。簡単に言うと神話における英雄譚は「旅立ちからはじまり、苦難の中で皆から承認されるが、最後は故郷に帰還する」という共通パターンからなります。こういった少年漫画は多いはずです。私の好きな「がんばれ元気」は完全にこの構造です。本映画でマックスは「どこからともなく現れ、女たちに承認され、またどこかへ旅立つ」というパターンで、合っていなくもないわけです。しかし、フュリオサはマックスより定番にぴったり合います。マックスは彼女に言います。「あの街がお前の故郷だ。」と。パターンに当てはめたわけです。第5作の話がありますがフュリオサの話だという噂があり、納得です。「千の顔を持つ英雄」はフロイトやユングを参照するので、時々、は?と思うことある本ではありますが、世界の神話をかいつまんでいて、ぱらっと開いてすぐ面白い話を読むことができます。普遍的な人の物語欲求を満たした構成にすることは観客を楽しませ、ビジネスを成功に導く大切なことだと思います。
マッドマックス 怒りのデスロード。理系・文系の教養をふんだんに取り込み、今回は書けなかった音楽、絵画、車、バイク、ファッション、そして生の哲学がこれでもかと詰め込まれた映画作品です。何回も観れるアクション娯楽大作として、ぜひ楽しんでください。
いいなと思ったら応援しよう!
全記事を無料で公開しています。面白いと思っていただけた方は、サポートしていただけると嬉しいです。マナビ研究室の活動に使用させていただきます。