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断られる練習

就活のときに何度も何度もお祈りされて、心が折れそうになる。

力を振り絞ってお願いしたのに、あっけなく断られてしまった。

人から断られるというのは、多くの人が一度は経験し、少なからず傷つくもの。

でも──もし断られることを「わざわざ練習する」としたら?

これは留学中に出会ったひとりの友人が、わたしの中にあった思い込みを、くるりとひっくり返したお話。


「わたし、最近断られる練習をしてるんだよね」

大学院の同級生である彼女は、そう言って琥珀色の目をきらりと輝かせながら微笑んだ。

人生で二度目の就活の時期を迎えようとしていたわたしだったが、そんな奇妙な作戦は今まで聞いたことがない。

「どういうこと?」とわたしは半分興味津々、半分えらいことになったぞという気持ちで、彼女の澄んだ目を見つめ返した。

そんな言葉をさらりと言ってのける彼女は、入学前から同級生の中で話題の存在だった。

彼女の出身地のカザフスタンで教育支援の仕組みをつくる社会起業家であり、フォーブス社が選定する「Forbes Under 30(30歳未満の注目人物)」に選ばれていたから。

ちょっとした有名人の彼女と、自分探し気分で留学していたわたしに接点なんてない。彼女を遠巻きに見ながらそう思っていた。

でも、新年度がはじまったある日。わたしが「カヤックに乗りに行きたい」と別の同級生に話していると、たまたま通りすがった彼女が「わたしも行きたい」と声をかけてきた。

彼女のカヤックへの情熱は本当で、約束が実現しただけでなく、年パスまで買って毎週のように一緒に漕ぎに出るようになった。

水の上で日々の疲れを癒し、カヤック後にお気に入りのカフェでささやかなお茶を楽しむうちに、わたしたちが仲良くなるにはそう時間はかからなかった。


そんな彼女が一風変わった「断られる練習をしている」発言をしたのは、大学院生活も半年が経った真冬の頃。

わたしたちの大学院は一年間のプログラムなので、半年も経つと卒業の気配が漂ってくる。卒業後の就職はもっぱら悩みの種だった。

わたしがアメリカに残るか日本に帰るか決めかねている間に、彼女は「今、カザフスタンに帰ってもチャンスは限られているから」と、きっぱりとアメリカに残る決断をしていた。

現地就職のためにキャリアコンサルタントをつけ始めたのだが、その人から提案されたのがこの「断られる練習」らしい。

アメリカン・ドリームの可能性もある一方で、競争も激しいのがアメリカ。特に海外留学生が就職しようと思うと、何十社にお断りされるのは当たり前。

今回の「断られる練習」はその名のとおり、断られることに慣れるための実践練習だった。毎日一回、わざと無理そうなお願いをしてみる。断られたら、ミッション達成になる。

「でもね」彼女は笑った。
「せっかくの練習なのに、ここ2日間成功していないの」

というのも彼女は課題に真面目に取り組むべく、ここ二日間、それぞれ別の飲食店で無料の食べ物がないか聞いてみたらしい。そしてなんと、二日間とも「これだったらいいわよ」と無料の食べ物がもらえたそうだ。

日本でやったら「迷惑だ」と一蹴されそうなリクエストでも、国が変われば結果も変わる。驚くべきアメリカの柔軟性に、「これがアメリカンドリームの原点か!」と感心する。

「今日も練習するの?」とわたしは彼女に駆け寄って尋ねた。
「もちろん。今日はどうなるかな?」

彼女は目を輝かせると、街の靴屋さんに入っていった。

わたしが「断られる」と聞いて思い出したのは、大学生の頃に届いた数々のお祈りメールや不採用通知。直近では、大学院に進学するための奨学金に、ひとつも「合格」の連絡をもらえなかった。

黒歴史すぎて人にも言わず、脳の奥に封印してきた。できることなら思い出したくもない。

それなのに今わたしは、自分から「断られにいく」彼女の背中を追いかけてしまっている。いったい何が起きるのだろう。


街の靴屋では、低い棚と壁一面にブーツからスニーカーまで多種多様な靴が飾られていた。店の真ん中には、40代くらいの接客中の男性。

この人が、今日の「断られる練習」の練習相手だろう。

彼女は店内をぐるっと見渡すと、とあるスニーカーの前で立ち止まった。どうやら事前に目をつけていたらしい。ベージュと黒のスニーカーをそれぞれ履いてみて「どっちがいいかな?」とわたしに聞いた。

ベージュのほうが彼女の雰囲気に合いそう、と伝える。わたしの答えを引き金に、練習は幕を開けた。

近づくと、男性店員は常に少し困り顔をしている人だった。彼女は男性に挨拶すると「このスニーカーに興味があって…」と話しかけた。

「買いたいと思っているんだけど、値引きとかってしてるのかしら?」

あまりに単刀直入だ。もちろん彼女の真の目的は値引きすることではない。だからこそ、彼女の提案がなおさら切れ味鋭く聞こえてくる。

完全に彼女のペースに呑まれたわたしは、隣で固唾を飲んで見守った。男性の口から出てきた次の一言は…

「いや〜、うちは全然値引きとかしていないんですよ」

困り顔そのままでそう答えた。そりゃそうだ。と自分でも納得する。

「断られる練習」というと殴り合いのような現場を想像していたけど、実際はいたって普通の会話だった。むしろ男性店員は、色々な人から値引きの提案を受けるから困り顔が固定されてしまったのではないかと思うくらいだ。

「今日こそはダメなのね…」とわたしが早々に諦めかけた、次の瞬間。

彼女はガサゴソとスマホを引っ張り出してきて、何かを探し始めた。

「…あら、そうなの。この間同じスニーカーをウェブショップで見たときはもう少し安かったんだけど…」

と、確かにお店よりも安い価格で同じスニーカーが表示されている画面を男性に差し出した。

えっ、万全の準備をしてるじゃん…!

「断られる練習」をしに来たと思っていたけど、彼女はすっかり値段交渉モードだ。さすがはForbes Under 30。彼女の卓越したビジネススキルを、間近で観察する会になってしまっている。

「ウェブショップと店舗は連動してないんですよ…」と男性店員は困り顔のまま、彼女との会話を続けた。よく聞くと、彼は南米からの移民らしい。アメリカに移住してきて、色々な職を転々としながら靴屋の販売員にたどり着いたとのこと。

半年間一緒にいていつも驚くが、彼女はこうやって初対面の人と、するすると関係性を築いてしまう。「How are you?」と必ず相手の様子を気遣う一言を入れる。知らない人でも名前を聞いて覚える。

そして彼女のようにみんなの輪の中心にいるような人は、なによりハグがうまい。日本人はハグに慣れていないぶん、特に親しくない相手だと、照れや戸惑いが出てしまう。そのぎこちなさが、かえってその後の関係を気まずくしてしまうこともある。

彼女のハグは誰に対してもストレートで、温かさがあるのだ。

そんな彼女の魅力にひとたびふれたら、男性店員も値下げせざるを得ない…と思われたが、結局彼は一度も首を縦に降らず、困り顔のまま他の客のもとへ行ってしまった。

「今日はしかたないみたいね」と肩をすくめると、彼女はベージュのスニーカーを手に持ってレジへ向かった。

レジには若い女の子がいて、ベージュのスニーカーを手渡すと、女の子はバーコードをピッと読んだ。税抜価格が表示される。でも…

「あれ?」

わたしと彼女は顔を見合わせた。女の子はそのままスニーカーを箱に入れ、会計を進めたのだった。つまり、税金分がかかっていない。

「これでいいの?」と女の子に確認しても「大丈夫よ」とのこと。ということは実質の値引きだ。

わたしと彼女は、急いで男性店員のほうを振り返った。これがハリウッド映画だったら、男性店員はわたしたちに向かってウィンクをしていただろう。でも現実では、彼は相変わらずの困り顔のまま、ひたすら彼の仕事をまっとうしていた。

「断られる練習、また失敗しちゃったみたい」
彼女は目の奥をキラリと光らせ、微笑んだ。


卒業してから一年半後。
わたしはインドで久しぶりに彼女に再会した。

「あの断られる練習、おもしろかったよね」とわたしが話すと、彼女は少し考えてから「そういえばそんなことしてたね」と思い出したようだった。

「ビザの更新のために新しい職場を探さないといけないから、またあの断られる練習やろうかな〜」なんて言っている。

彼女を見ていて知ったのは、Forbes Under 30を受賞したって断られる場面はたくさんあるし、彼女もまた断られることは怖いのだ。

ただひとつ違うのは、断られたとしても「練習しようかな〜」くらいのテンションで、軽やかにまた挑戦するかどうかなのだと思う

わたしも断られるのは、怖い。

でも振り返ると、断られることを恐れて言い出せなかった場面ばかり後悔として残っているかもしれない。勇気を出して聞いてみると、思いがけず希望が通ったりするものだ。

自分が思っていることを、まずはその場に出してみる。たとえ断られたとしてもそれは失敗ではなく、聞けたこと自体が成功なのだと、「断られる練習」は気づかせてくれた。


次なにかを他人にリクエストするとき。
本番だったとしても、「断られる練習」だと思いながら臨みたい。

「断られる練習」の面白さは、万が一断られてしまったとしても、無事練習を達成したことになることだ。

そしてもし断られなければ——
わたしの人生の新たな扉がひらくかもしれないのだから。

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おくだまなみ|ライフデザイン研究家 応援ありがとうございます!ライフデザイン研究家としての新たな実験の原動力にさせていただきます。

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