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本がすきなんだなぁと思う

自分って本がすきなんだなぁと痛感した日だった。


春蒔きの野菜の種を買おうと思ってお店に入ったら、なんと奥が本屋さんだった。棚に置かれていた本をぼんやり眺めていたら、買いたいと思っていた本が出てくる、出てくる。もともと買う予定だった種を握りしめながら、予想外の本を3冊もカウンターに持っていってしまった。



・『種をあやす』:「雲仙たねの学校」が気になっていて、でも長崎に行く予定はないな〜と思っていたところに、この本が現れた。読みたい。

・『「違うこと」をしないこと』:すでに読んで、自分の家にも置きたいなと思っていた吉本ばななさんのエッセイ。吉本ばななさんは若い頃から小説家になることを決めていてそのことを「初期設定」と呼んでいるのだけど、「初期設定」ってどうやったら確信できるのだろうというのが最近の問い。

・『「大地の再生」 実践マニュアル』:去年奥多摩の山の中に道をつくったときに知った本。今まで図書館で借りていたのだけど他にも読む人がいて延長しづらくて、手元にほしいなと思っていた。どの本屋にも置いてあるわけじゃないから「奇跡!」と思ってしまった。


お腹が空いていても数百円の食べ物を買うかどうかは迷うのに、本は「ほしい」と思うと買ってしまうのだ。「人生ラスト1枚の2000円札でご飯を買いますか?本を買いますか?」と聞かれても、もだえながら本を買っちゃうかも。壁一面本棚の部屋に住むことが夢だけど、地震が来て、落ちてきた本に埋もれてそのまま死ぬかもしれない。


生まれてから、周りに本が多い環境だったと思う。未就学児の頃に家族で伊豆旅行に行って、みんながはしゃいでいる中、私と祖父だけずっと本を読んでいたという話がある。親と本屋や図書館に行った思い出も色濃い。たまに実家に帰ると、もともと私の部屋だったスペースが父の心理学系の本で占拠されていて、血は争えないなと感じる。


でも、人生で一度だけ、本がおもしろく思えなかった時期があった。
大学受験をしていた高校生の頃。あのときは書店に行っても参考書コーナーばっかり行っていて、他に何にも興味が持てなかった。「本がすき」という自分のアイデンティティはどこかに消えたのかと静かに焦っていた。「すきな本を買っていい」という感覚をようやく取り戻せたのは、大学生を過ぎて社会人になってからだと思う。


「おもしろい本がある」と思えることは、実は当たり前ではないのかもしれない。「おもしろい本がある」と思えることは、「人生はおもしろい」と思えるかどうかと同義だと思う。


本を買うと手持ちのお金は減るが、買いたい本がない世界より絶対いい。


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おくだまなみ|ライフデザイン研究家 応援ありがとうございます!ライフデザイン研究家としての新たな実験の原動力にさせていただきます。