みんなのためのハンモックが盗まれたかと思って、泣きながらゴミを拾った32歳の朝
「ハンモックが・・・ない」
ベトナムから持ってきた、真っ赤なハンモック。
見渡すかぎり枯れ葉と枝ばかりで、見通しのいい2月の雑木林。
そのどこかに、ハンモックはぶらさがっている——はずだった。
遠目で見たときは、「もしかして擬態してるのか?」という微かな希望があった。でも、一歩一歩近づくにつれて、その希望はどんどん薄まっていく。
そしてたどり着いた。
ハンモックがぶら下がっていたはずの木の前。
——ない。
風に揺れるのは、ちぎれたロープの端だけだった。
「そんなぁ・・・!」
***
始まりは、ひとつの鶴の一声だった。
私は「雑木林ボランティア」をしている。
毎月、任意で集まったメンバーと、市の緑地で草を刈ったり、木を切ったりしながら、子どもが遊べる森を作ろうとしている。
その中心にいるのが、80代のNさん。現役の頃から環境保護の活動にかかわっている。とにかく元気で、熱い。毎週末どこかしらの雑木林で木を切っているパワフルさだ。
最初はNさんのエネルギーに圧倒されていた。でも、一緒に活動するうちに、わかってきた。
Nさんは「とりあえずやってみよう」精神が異常に強い。
思いついたら即発言。即行動。
「あの子、ボールペン貸してくれないかな〜」くらいの気軽さで、「この隣の土地、持ち主が市に寄付してくれないかな〜」とか言っている。
令和の世で、そんな軽さでそんな発想ができる人がいるなんて。
みんなが「炎上」「クレーム」「前例なし」にビクビクしている時代に、Nさんだけは悠々としている。
そして、Nさんの「とりあえずやってみる」精神を象徴するのが、とにかくよく怒られていることだ。
たとえばチェーンソーの使い方を教えてくれるとき。
普通なら「横から」教えてくれるのが一番安全。
でもNさんは、刃の真正面に立って解説を始める。
その瞬間——
「Nさん、危ないよっ!!」
おじさまたちに総ツッコミを食らう。
でも、Nさんにとっては、それが一番自然な教え方なのだ。
***
そんなNさんが、雑木林に自前のハンモックを持ってきた。
何十年前にベトナムで買った、真っ赤なハンモック。
両端を木に吊るして、みんなで代わる代わる試し乗りしてみる。
木々から漏れる日光が当たって、なかなか気持ちいい。Nさんも「やっと使うときが来た」「写真撮っておいた方がいいかな?」と嬉しそうだ。
しかしここで問題が発生した。
「このハンモック、どうする?」
周りのメンバーは一応「今日回収して、また次の作業日にかければいいんじゃないですか」と提案をするも、Nさんには響かない。
「別に盗られてもいいから、子どもたちが使えるように置いておきたい」
Nさんは、そう言い切った。
そこまで言われると、私も気になった。
何事にも許可が必要なこの現代社会で、このハンモックはどうなるのか。
Nさんが想像しているような、子どもたちが雑木林の中のハンモックで自由に遊べる世界が訪れるのだろうか。
「みんなのハンモック 大事につかってね」と看板を立てる案も考えたが、私もいったん流れに身を任せることにした。
ハンモックは吊るされたまま、その日は解散になった。
***
翌朝。
私は、マイトングを片手に雑木林へ向かった。
かっこいいトングを買って朝ゴミ拾いをすると、朝型生活にシフトできて、周りもきれいになる。一石二鳥。
ついでにハンモックの様子も見れば、一石三鳥だ。
遠目で雑木林を見渡し——心臓が跳ねた。
「あれっ、ない・・・?」
大急ぎで駆け寄ると、角度を変えた瞬間、赤いロープが目に入った。
ホッと胸を撫で下ろす。
誰かこのハンモックに気づいただろうか。
使われたら嬉しいな。でも、盗られてしまうかもしれない。
そんな葛藤を抱えながら、私はその場を後にした。
活動から4日後。
「そういえばハンモックはどうなっているだろう」と、マイトングとゴミ袋をかつぎながら再び雑木林へ向かった。
しかし。
今度は・・・ない。
遠目で見ても、近づいても、どこにもない。
残っていたのは、ちぎれたロープの端だけだった。
風に揺られて、ひらひらと虚しく垂れ下がっている。
「こんな無惨な形で、盗られてしまうなんて……」
ハンモックを盗んだ人は、いったいどこで使うつもりなのだろう。
——誰かの庭に、得意げに吊るされているのか?
——まさか、フリマアプリで『ヴィンテージ ベトナム製ハンモック』として転売されている!?
——なぜロープをちぎった?そのまま持っていけばよかったのでは?
そんなことを考えているうちに、Nさんのことを思い出した。
ハンモックを30年越しにかけたNさん。
「写真、撮っておいた方がいいかな?」と無邪気に楽しんでいたNさん。
盗られてしまうなら、あのとき写真を撮っておけばよかった。
「盗られてもいいから」とは言っていたけど、ベトナムからわざわざ持ち帰ったハンモックは、もう戻ってこない。
そんなことを考えていたら、悲しくて涙が出てきてしまった。
自分のものが盗られたわけでもないのに、なぜか悲しい。
マイトングでゴミを拾いながら、涙をポロポロ流していた。
すぐ隣を、通勤途中の人たちが通り過ぎる。
「・・・いやいや、めっちゃ怪しいじゃん、この状況」
朝の雑木林で、マイトングを片手に涙を流す女。
事情を知らない人から見たら、完全に「罰ゲームでゴミ拾いをさせられている人」ではないか。
そんなふうに自分を客観視してみても、涙は止まらない。泣いて家に帰ったら、家族にも心配されるな。Nさんに、なんて言おう。
周りから怪しく見えても、外でひととおり泣き切ることに専念した。
家に帰るまでにだいたい泣き終わり、落ち着いてからNさんに連絡した。
夫にも、「ハンモック、なくなってたよ・・・」と報告すると、「そうか〜」と残念がっていた。
と、その瞬間。Nさんからメッセージが返ってきた。
「周りから苦情が入り、昨日撤去しました。教えてくれて感謝!」
「そうだったのか〜〜〜!!!」
とりあえず、Nさんはハンモックの居場所を把握しているらしい。
ひとまず安心……と思ったら、次々といろんな感情が押し寄せてきた。
「別に治安、悪くなかったんだな」
「大量の保育園児がハンモックを見つけて『乗りたい〜!』ってごねたら、保育士さんが大変だったかも」
「そもそも、もし本当に盗むなら、もっと丁寧な方法で持っていくよね?」
で、ふと我に返る。
「・・・っていうか、私、ゴミ拾いしながら何に泣いてたんだ?」
冷静になってNさんのメッセージを読み返すと、ハンモックを吊るしたときのテンションと同じくらい軽いノリだった。
Nさんだったらたとえハンモックが盗まれたとしても、本当に気にしないのかもしれない。
私は繊細な現代っ子なので、泣いてしまうけど。
***
「みんなの雑木林」をつくるのは、やっぱり難しい。
すぐ苦情がきちゃう現代社会だし。
かと思えば、知らない誰かがポイっとゴミを捨てていく。
正直、柵で囲ってしまうほうが、あるいは家を建ててしまうほうが、ずっと楽なのかもしれない。
それでも。
それでもやっぱり、「みんなの雑木林」はつくれるという理想を掲げたい。
怒られたって、試してみる価値はあると信じたい。
叶うかどうかわからなくたって、心の中にNさんを飼って、理想を大きく描くんだ。

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