果たしてジャンヌ・ダルクは美形であったのか?
どうしたら、あまり世界史に触れて来なかった方に彼女の魅力が伝わるのか少し悩みました。
当時のジャンヌを取り巻く社会情勢?
彼女の成し遂げた事の歴史的意義?
いいえ、そんな事よりもまずはこの問題を語りましょう。
この話題は、かなり2分化されます。
答えは出ず、しかし、常にこの話題は尽きず語られ続けます。
すなわち、「ジャンヌ・ダルクは美人であったか?」という問題です。
ジャンヌを研究する人にはとにかく熱狂的な人が多いです。
アドリアン・アルマンという研究家が、ジャンヌの服や武具に対する考察からジャンヌの体格を研究しています。
それによると「身長は158cmくらい、均整が取れ、強健」そして顔立ちについてこう述べています。
「美形」と。
私は、ジャンヌ・ダルクの大ファンです。
でも、流石にこの結論にはブレーキが掛かります。
服と鎧から顔立ちが解るはずもありません。
でも、研究した人も、紹介した人も中世ヨーロッパの歴史を研究する際に必ずと言っていいほど出てくる高名な方です。
ジャンヌ・ダルク研究家の熱狂を示すエピソードと私は思っています。
ジャンヌ・ダルクが美人であったかどうかについては、美人説・不美人説・普通説と各種揃っています。そして、そのどれにも根拠があります。
もちろん、結果がどうであれ、彼女の行ったことが尊く、偉大で尊敬すべきであると思っていますが、あえて私は美人説を推します。もちろん私の想像ですが、ここから根拠を述べてみようと思います。
それはまだジャンヌが故郷のドン・レミ村に居た頃のお話です。
彼女には親が決めたと思われる婚約者がいました。
その男性は大変ジャンヌにご執心でした。
しかし、ジャンヌは神様の声を聞いたと自覚していたので、結婚には応じられない、と答えました。
男は諦めきれず、トゥールという街で裁判を起こします。
その裁判、通常であれば女性側が負けるのですがジャンヌは約30キロ離れたその街に出向いて堂々と「口約束であり、無効である」と反論、勝訴して自由を勝ち取ります。
弁護士などいない裁判であり、年若い女性がしっかり筋道だった反論をして勝利を得るのは稀な例だったそうです。
しかし男性側にしても、当時の戦乱の中裁判にまで頼って繋ぎとめようとする訳ですから、少なくともジャンヌは男性から見ても魅力的な女性だったのではないでしょうか?
この男性の詳細は現代には残っていません。
彼女がその後辿った運命を考えると、この裁判で決まった事は男性にとっても幸運だったと思われます。
