ラッコとの出会いもまた、鳥羽水族館。
名古屋出身の私は南知多ビーチランドや東山動植物園にはよく遠足で行った。
ラッコは1983年(当時10歳)の頃に日本に来てくれました。
翌年、鳥羽水族館で「チャチャ」が生まれ第1次ラッコブームとなり、連日TV放映がされ
鳥羽水族館も一躍有名になった。
私は1992年入社。
現在まだ元気に暮らしているバイカルアザラシ「ナターシャ」や「マカロニ」「うなりこ」
そしてジュゴンの「セレナ」は大先輩。
今でも元気に暮らしてくれていることで会うたびにホッとします。
ラッコ達は世代交代し、今や国内でも2頭のみ
メイは特に鳥羽水族館生まれで、ママのポテトは私もファンでした。
綺麗な白いラッコのイメージ。
何度も悲しい事を乗り越えてやっと育ってくれたのがメイ。

1歳の誕生日など数回、中から撮影して声などを聴いたのも思い出です。
更に、2008年ラッコ入館25周年記念イベントの「ラララ・ラッコワールド」に携わり
ラッコの多くの情報などで勉強したことも今の撮影に活きています。

メイが生まれた2004年はお客様も非常に少なく。
今では考えられない、貸し切り状態でプールの前に全くお客様がいない、数人なんていう日も
多かった。
退職してから11年。
今も撮り続けている「メイ」「キラ」
有難いことに「ラッコBOOK」「ラッコ沼への招待状」に携わることができました。



北海道にも取材に行きました。
「チシマラッコ」にも4回会いに行っておりますがもちろん飽きることはありません。

近い将来「カリフォルニアラッコ」「アラスカラッコ」にも会いに行きたいと思っております。
その時まで日々撮影をし精進致します。
最後にいつもながら「生きもの」「フィールド」「関わっていただいた人々」に感謝!
