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院長コラム】30年の治療家人生で、一番「つらかった」こと

日曜日のリラックスしたお時間に、少し私の治療家としての想いを綴らせてください。
先週のコラムでは、昔通ってくれていた小さな女の子が、お母さんになって自分の子どもを連れてきてくれた「一番嬉しかったエピソード」をお話ししました。 

今日はその逆で、私が開業して10年目位に治療家として地域の患者様と寄り添う中で、たくさんの胸が苦しくなるほど辛い出来事の中から4人のエピソードをお話します。

「手の届かないつらさ」

一人目「膝、痛いけど行けんわ。」

以前から両膝を捻って来院され、押し車でやっときていた、おばあちゃん。
急な大雪でまったく来院できずに家の前まで除雪してほしいといわれ、この距離はマジむりっす。ごめんなさい。

二人目「お願いだから、助けて。」

夜9時過ぎに、急に電話が鳴って「転んで、足痛くて動けんのや、お願いだから、助けて。」
かけつけたところ日中に転んで、「左足が痛くてつけない。」とのこと。確認をおこない、即救急車を手配。

後日、状況を確認すると、大腿骨頭が寛骨臼にめり込むように骨折して、手術となりました。原因は、日ごろからの夫の乱暴な行動で、その日も転倒させられ、さらに病院には行かせてもらえませんでした。もしあのとき救急車を手配しなかったらと思うとゾッとします。

三人目「父は転んで、入院しました」

何度かギックリ腰で来院していたおじいちゃん。ある日から急に来院されなくなりました。
後日息子さんが来院され父は、認知症が進んできて、男二人暮らしでは、親父の面倒は見れないとのことで、介護施設に入所したとのこと。
しかし数日で施設から脱出を試みて転倒。顔面から強打して入院。それから間もなく亡くなりました。

四人目「ごめんね」

冬の寒い日、以前から膝や腰が痛いと頻繁に来院していた、めっちゃニコニコのおばあちゃん。
いつものようにその可愛いおばあちゃんが来院していた。いつもと違ったのは咳を軽くしていた。
でも、その日を境にパッタリ来なくなり三ヶ月ほどたったある日、他の方から「あそこのおばあちゃん、肺炎だったみたいで一人暮らしだったから死後何日もたってから孤独死でみつかったよ」
 気づいてあげれなくて、まじでごめんね。

現状維持では何も変わらない。でも自分が絶対どげんかせんといかんと思いました。

翌年、法人を創立。リハビリメインの地域に密着した介護施設を開業。ケアマネジャーを取得していましたが介護は全くの素人。それから約20年経営・運営を行いました。
沢山の辛い思いはしましたが、一人目と二人目のおばあちゃんとは、ずっと沢山の時間を一緒に過ごす事が出来ました。

これからも、あなたの「心の礎」です。

一番つらいと感じる瞬間は、私にとって最大の原動力でもあります。
「ここに来て本当によかった」「また旅行に行けるようになりました」という笑顔を取り戻していただくために、私は毎朝7時から治療院を開け、目の前のお一人おひとりに全力を尽くしています。
もし今、長引く痛みで何かを諦めそうになっている方がいたら、どうか「もう遅い」なんて思わずに、当院の扉を叩いてください。
全力であなたの笑顔と日常を取り戻すサポートをさせていただきます。明日からの新しい一週間も、治療院でお待ちしております。