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看護師×プロボクサー。津端ありささんが選んだ、二つの道の歩き方

ボクシングと聞くと、激しい殴り合いやハードなスポーツという印象を持つ方が多いのではないだろうか。そんなボクシングの世界で活躍しながら、訪問看護師をしているのが、埼玉県に住む津端ありささんだ。

「ボクシングで人を殴り、看護で人を癒しています 」と冗談めいて話す津端さん。看護師歴は11年で、2025年4月から訪問看護の仕事に挑戦している。

ストイックな二つの世界で走り続ける津端さんが、二刀流を続ける理由を取材した。

「観客に元気を届けたい」リングで輝くプロボクサー

津端さんは、プロボクサーになり2年目を迎えた。地元埼玉県狭山市にある多寿満(たじま)ボクシングジムに所属し、週6日のペースで練習に打ち込んでいる。

練習内容は、フットワークやサンドバッグ打ち、ミット打ち、体幹・筋力トレーニングなど。早朝からランニングに励み、看護師として勤務する日は夕方からジムへ向かう。ボクシングトレーナーとして指導にも携わっており、まさにボクシング漬けの生活だ。

一般的に、ボクシング選手は試合前に食事を制限して体重を落とす。食べることが大好きだという津端さんも試合前は制限するが、普段は特別な食事制限をしていないという。

減量開始時の食事

プロボクサーには、3つの等級(A級・B級・C級)があり、ライセンスの種類によって出場できる試合のラウンド数が決まっている。実績を積むことで昇格する仕組みだ。津端さんは現在B級、昇級して世界で戦うためには、あと1勝が必要となる。

直近行われた試合は、2025年12月5日後楽園ホールでのプロ3戦目。タイ人のスチャーダ・ブンチュー選手を相手に、津端さんは1ラウンド目で勝利した。津端さんの圧倒的な強さに会場は盛り上がりをみせ、応援する声が止まなかった。「一瞬で倒してしまいました」と津端さんは笑顔で振り返る。

左側の選手が津端さん

「ボクシングのやりがいは、観客のみなさんに元気や笑顔を届けられることです。試合を観て勇気づけられた人が『私も頑張ろう』と思ってくれたらうれしいです」

自分のためだけではなく、応援してくれる人たちのために頑張りたい。その想いが、津端さんの原動力となっている。

もう一つの顔は、利用者さんに寄り添う訪問看護師

リングを離れた津端さんには、もう一つの顔がある。「訪問看護ステーショントータルケア」で働く訪問看護師としての姿だ。

訪問看護師は、病院ではなく利用者の自宅を訪問する。対象は、病気や障がいがあり医療的ケア(点滴や注射など)が必要な人、高齢で日常生活に支援が必要な人、自宅で最期まで過ごしたい人など。大人から子どもまで、自宅療養をしている人たちを支えている。

「訪問看護の仕事を始めたのは2025年4月からです。看護師としての経験はありましたが、訪問看護は初めてでした。最初は先輩スタッフに同行してもらいながら仕事を覚え、今は一人で利用者さん一人ひとりの体調や生活状況に応じて、医療処置や症状の観察、療養相談などができるようになりました」

利用者さんの自宅まで車で移動

看護師とプロボクサーの両立は一見難しそうだ。しかし、津端さんの働く「訪問看護ステーション トータルケア」は、フルフレックス制を導入しているので、1か月の間の契約した労働時間を満たせば、曜日や時間を固定せず、自由にシフトを組める。そのため、ボクシングの練習スケジュールに合わせて、柔軟に働くことができる。

トータルケアでは、正社員も同じように自分でシフトを組みフルフレックスで勤務している。
契約している労働時間数が多くなる分、業務負担は非常勤より大きい。
スマートフォンのアプリを使用して希望のシフトが入力ができ、急な休みの連絡もアプリで完結する。

津端さんの勤務形態は非常勤で、週1〜2日のシフトだ。トータルケアは単に柔軟な働き方を認めるだけではなく、津端さんのプロボクサーとしてのスポンサーとして支援もしている。こうした手厚いサポートのもと、ボクシングと看護師の仕事が両立できている。

ちなみに、トータルケアでは津端さんのほかにも二刀流で働く看護師が多数いる。例えば、僧侶をしながら看護師、YouTuberをしながら看護師といった、多様な働き方をした人たちがこの環境に惹かれて集まっている。

訪問看護トータルケアは研修も充実、初めて訪問看護に挑戦する人へ安心のサポート体制が整っている。

「訪問看護の仕事は、学びの連続です」津端さんは語る。印象にのこっているのは末期がんの利用者を訪問した際のことだという。

「家族で病気の話を共有できていないご家庭でした。私がしていたのは、主に介護をしている奥様の心配事を、ただゆっくり聞いていただけ。それだけですごく感謝されたんです。『ありがとう』の言葉が嬉しかったですし、何気ない会話が家族にとって大きな支えになることに気づきました」

津端さんは、訪問看護の仕事に確かなやりがいを感じている。「まだまだ学ぶべきことはたくさんありますが、だからこそ看護を続けていきたいと思っています」

ダイエットから始まった快進撃!オリンピック代表候補へ

津端さんは、なぜ険しい二つの道を同時に歩む決断をしたのだろうか。その転機が訪れたのは26歳の時だった。

地元埼玉県狭山市の看護専門学校を卒業、総合病院の消化器外科で看護師として働いていた津端さん。週5日の外食生活で体重は90キロを超え、白衣がパンパンの体型だったという。そんなある日、同僚とハワイ旅行の計画をしたことが、人生を変えることになる。

「せっかくハワイに行くなら水着が着たいと思ったんです。でも、90キロの体では水着は着れない……。痩せて水着が着れる体になりたい。そう思って、ダイエットを決意しました」

運動習慣のなかった病棟看護師時代の津端さん

痩せることを決めた津端さんは、まずは近くのスポーツジムに入会した。しかし、なかなか効果が出ない。そこで思い出したのが看護学生時代に、友達に誘われて体験したボクシングだった。

「ボクシングなら汗をたくさんかいて痩せられるかも」と、そのジムに入会した。すると、トレーナーたちから思わぬ声をかけられた。

「入会当初から『ボクシングの才能がある』と褒められたんです。学生時代にバスケットボールをしていたので、体の使い方が身についていたのかもしれません。試合に出ないかと誘われていましたがダイエット目的のジム通いだったので遠慮して断っていました」

そんなある時、ジム同士の小さなスパーリング大会に声がかかった。本格的な試合ではなく、気軽な交流戦のようなものだ。「これならボクシングを続けるモチベーションになるかも」と考え、参加を決めた。

そこで対戦したのは、アマチュア全日本選手権の優勝者。最終ラウンドまで張り合い、結果は、準優勝となった。「もう少し頑張ったらボクシングの全日本女子選手権にいけるかもしれない 」そんな手ごたえを感じたという。

ボクシングジム入会から、たった2か月の出来事だった。こうして津端さんは、アマチュア選手としての道へ進むことを決めた。

そこからの快進撃は、周囲を驚かせるほどだった。ボクシングを始めて1年後、2019年の全日本女子選手権ミドル級で優勝。日本一に輝いた。この試合で津端さんは、オリンピック日本代表候補となった。しかし優勝直後は、それが代表選考を兼ねている試合だったことを知らなかったという。

「優勝して日本代表候補になったという連絡が来たので驚きました。それまでオリンピックとは縁のない人生だったので、とても嬉しかったです」

全日本女子選手権ミドル級で初優勝した時

日本代表候補に選ばれたことで、看護師の仕事をしながらオリンピック出場を目指すハードな両立生活が始まった。

週5日の練習に加えて、カザフスタンで開催されるオリンピック代表合宿にも2週間参加した。通常、看護師が2週間も連続で休むことは難しい。しかし、上司や同僚の応援もあり、「行っておいで」と背中を押してもらい、「夏休み」という名目で参加ができたという。

世界の選手が集まる合宿に参加

現地では、毎日鼻血を出すほどの練習をし、世界のレベルを体感した。辛くて帰りたかったが、病院で働く仲間を思うと頑張れた。病棟の嵐のような忙しさを思い出し「ナースコールを取るよりはマシだ……」と自分を奮い立たせた。そして帰国後も、ハードな日々は変わらなかった。

「毎日、仕事とボクシングの連続でした。夜勤前にジムに行ったり、夜勤明け仮眠を取ってから練習をしたり。日勤の後は残業もあるので、病院敷地内の体育館にトレーナーが来てくれて、遅い時間からでも練習していました」

仕事とボクシングの両立は限界に近かった。そして津端さんはこんな決断をする。「本気でオリンピックを目指すならボクシングに専念しよう」病院の退職を決意した。周囲の反応は温かく、看護部長をはじめ、みんなが応援してくれたという。

しかし、ボクシングに専念し始めた矢先、事態が一変する。新型コロナの影響で東京オリンピック代表選考大会は中止になり、出場のチャンスが突然断たれてしまったのだ。

「せっかくボクシングに集中できるようになったのに……。応援してくれたみんなに申し訳ない気持ちと、これからどうしたらいいだろうという気持ちでいっぱいでした」

喪失感を抱きながらも、津端さんは前を向いた。メンタルクリニックに新たに就職し、デイケア(心の回復や生活リズムの安定を目指す通所型の支援施設)でボクササイズの指導者として働き始めた。

「元気にプログラムを卒業していく方を見ると嬉しい」と仕事に楽しみを見出した。
その後も、クリニックで働きながら、アマチュアボクサーとして海外の試合にも積極的に参加し経験を積んだ。ロシアの国際トーナメントでは準優勝を果たす快挙だった。

「タイミングを大切に」トレーナーの一言でプロ転向を決意

2023年、パリオリンピックを目指し海外での試合経験を重ねた。しかし、代表戦となる全日本女子選手権で敗退。オリンピックの夢が途絶えた。津端さんは、しばらくボクシングから離れ、進退を考えたという。

そんなある時、人生の岐路が訪れた。指導してくれていたトレーナーから「プロでやってみないか?」と突然声をかけられたのだ。トレーナーは、実力のある津端さんがプロ転向し、ボクシングを続けてくれることを願っていたのだろう。

プロの世界とアマチュアの世界では、トレーナーが変わるため試合前の直接的な指導はできない仕組みになっている。しかし、ボクシングを続ければ地元のジムで一緒に練習に励むことができる。

自分の中には無かった選択肢に「やってみるか 」と、一度諦めかけたボクシングにプロとしての挑戦を決め、導かれる方向へ進んでいった。

「私は、人生の中でタイミングをすごく大切にしているんです。何か話が舞い込んできたり、環境が変わったりする瞬間には、きっとそこに意味のある縁があると思っています。だからあまり考えすぎずに、『今だ』と感じたら、その流れに飛び込む。そうやって選択してきた結果が、今の私につながっているんだと思います」

迷いながらも、自分の感覚を信じて飛び込んできた選択の数々。その積み重ねが、看護師として、そしてボクサーとして生きる現在の津端さんを形づくっている。

看護とボクシング、両方あるから自分らしくいられる

看護とボクシングの共通点は、強いメンタルと努力が必要なことだと津端さんは語る。

「子どもの頃から、宣言したら絶対にやる子でした。努力家だったと思います。頑張ることが好きで、なんでも根性で乗り越えるタイプです」

根っからのストイックさと明るい性格。それが、津端さんの二刀流を支えている。

さらに、看護とボクシングの両方を続けることで、自らの心が均等に保たれているそう。
ボクシングだと闘争心ばかり強くなってしまうし、看護だけだと人に尽くしすぎて自分が疲れてしまうんです」と語る。真面目でストイックな性格で、一つのことに没頭しすぎてしまう。だからこそ両方あることが、津端さんには必要なのだ。

両立を続ける理由は、もう一つある。「看護師プロボクサー」という肩書で努力し続けることに意味があるのだという。仲間や患者さんからもらう応援や喜ぶ姿が、津端さんの大きな力となってきた。

「自分のためにも頑張れるけど、やっぱり応援の声がすごく力になっています。看護師プロボクサーとして、私にしかできないことで応援してくれる人たちをもっと笑顔にしていきたいです」

目指すは世界チャンピオン。看護師プロボクサーとして頂点へ突き進む

看護とボクシング、どちらも妥協せず両立するなかで、津端さんは描く未来をこう語る。

「2026年にOPDF(東洋太平洋ボクシング連盟)のベルトをまず取りに行きたいです。その先に、世界ランキングに名を連ねて、世界のベルトを取る看護師プロボクサーとして活躍したいです。看護師としても患者さんに笑顔をずっと届けていきたいと思っています」

迷いのない言葉と笑顔が、その覚悟を物語る。二つの現場を生きる津端さんの挑戦から、今後も目が離せない。

最後に、新しいことに挑戦したい看護師へエールを贈ってくれた。

「看護をする時、自分が満たされていないと優しさがあふれ出てこないですよね。だから自分のやりたいことや夢があるなら、夢を追い求めて、自分を満たしてあげることで良い看護ができると思います。どんどん夢を追いかけていきましょう! 」

津端ありささんのInstagram、X、HPはこちら

Instagram : @arisatsubata
X                : @tsubataarisa69  
公式サイト
:  https://lit.link/arisatsubata69




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