「拭いたか」ではなく、「きれいな食器を届けられたか」|日々の支援の中で感じた利用者さんの成長
この一年、利用者さんへの支援を続ける中で、日々の何気ないやり取りから、「成長」というものについて考えさせられる場面がありました。
今回は、カフェでの食器拭きの作業を通して感じた、利用者さんの成長について書きたいと思います。
利用者さん同士を比較することが目的ではありません。
一人ひとり成長の速度や得意なこと、苦手なことは異なります。
その上で、長く一緒に仕事をさせていただいているからこそ見えてくる変化があり、今回、その違いをとても強く感じる出来事がありました。
「この食器、拭きましたか?」
私たちのカフェでは、カトラリーの準備などのために、食器を拭く作業があります。
ある日、利用者さんが拭いた食器を確認すると、まだ少し汚れが残っていました。
そこで、「この食器、汚れが残っていますが、拭きましたか?」
と尋ねました。
すると、「拭きました」という返答がありました。
もちろん、質問に対する答えとしては間違っていません。
「拭きましたか?」と尋ねたので、「拭きました」と答えた。
その意味では、きちんと質問に答えています。
しかし、仕事の目的という視点で考えると、もう一歩先があります。
「あ、汚れていますね。拭き直します」
同じように、日頃から成長を感じている利用者さん2名にも、
「このお皿、お盆、拭きましたか?」と尋ねました。
すると、「あ、汚れていますね」「拭けていないですね」
「拭きます」と答え、自分から拭き直す姿がありました。
私は、この姿に大きな成長を感じました。
「自分が拭いたかどうか」だけではなく、
「実際に食器がきれいになっているか」
というところまで考えられるようになっていたからです。
そして、自分の作業に不十分なところがあったことを受け入れ、すぐに修正する。
この「気づく」「受け入れる」「修正する」という一連の行動が自然にできるようになったことは、これまでの積み重ねがあったからこその成長だと感じました。
大切なのは、「拭いたか」ではなく「何を届けるか」
お客様からすると、「誰が食器を拭いたのか」「何回拭いたのか」
ということは重要ではありません。
大切なのは、きれいな食器で、美味しい食事を気持ちよく楽しんでいただくことです。
つまり、私たちの仕事の目的は「食器を拭くこと」そのものではなく、
「お客様にきれいな食器を届けること」
なのだと思います。
そのため、もし汚れが残っていたのであれば、
「拭けていませんでした。拭き直します」と対応する。
そして、「次は気をつけます」と次の仕事につなげていく。
私は、こうした一つひとつの行動の変化に、利用者さんの成長が表れていると感じています。
高い水準を求めることにも、理由があります
この一年、私は成長意欲のある利用者さんに対して、これまでよりも高い水準を求めてきたように思います。
もちろん、すべての利用者さんに同じことを求めているわけではありません。
一人ひとりの特性や体調、ストレスへの許容度、これまでの経験などを考慮しながら、その方に合った支援を行うことを大切にしています。
今回の2名については、私自身、6年、7年と長く一緒に仕事をさせていただいています。
これまでの成長の過程も見てきました。
どの程度であれば無理なく挑戦できるのか。
どの程度の負荷であれば乗り越えられるのか。
そして、まだどれくらい成長できる可能性があるのか。
長く関わってきたからこそ、分かる部分があります。
だからこそ、あえて少し高い水準を求めています。
それは、できないことを無理に要求したいからではありません。
「これまでの経験を考えれば、きっとここまでできる」
という、私なりの信頼と期待があるからです。
「一人前になりたい」という気持ち
先日、この2名に、
「一人前として仕事をしていきたいですか?」
と尋ねました。
すると2人とも、「一人前になりたい」「一人前として過ごしたい」
という気持ちを話してくれました。
そこで、現在求めている仕事の水準についても、
「今は以前よりも求められることが増えていますが、それについては大丈夫ですか?」
と確認しました。
2人とも「大丈夫です」と答えてくれました。
その上で、私はなぜ今の水準を求めているのかについても、丁寧に説明しました。
それは、これまで長い時間を一緒に過ごし、さまざまな経験を乗り越えてきた姿を見ているからです。
そして、まだまだ成長できる可能性があると感じているからです。
「厳しく言われている」のではなく、「できると信じてもらえている」
と感じてもらえる支援でありたいと思っています。
「障害があるから仕方がない」で終わらせない
福祉の仕事をする中で、私は「配慮すること」と「何でも許容すること」は違うと考えています。
もちろん、障害特性によって難しいことがあります。
そのため、本人の努力だけでは解決できないことについては、環境を整えたり、方法を工夫したり、必要な支援を行うことが大切です。
一方で、「障害があるから仕方がない」
と、本人の可能性まで最初から諦めてしまうことは、私は避けたいと思っています。
例えば、仕事でミスがあったとき、「今回は仕方がなかったね」
で終わるのではなく、「次はどうしたら同じことを防げるかな?」
と一緒に考える。
作業がうまくいかなかったときには、「どこを変えたら、もっと良くなるかな?」と考えてみる。
その人ができる範囲で、少しずつ次につなげていく。
そうした積み重ねが、その人自身の力になっていくのではないかと思っています。
「厳しさ」ではなく、「可能性を信じること」
私は、利用者さんに完璧を求めているわけではありません。
誰でも失敗することがあります。
私自身も、もちろん失敗します。
大切なのは、失敗しないことではなく、
失敗したあとに、どのように次につなげるか。
そこに成長があるのだと思います。
「拭いたから大丈夫」ではなく、「汚れが残っているから、もう一度拭こう」と考えられること。
指摘を受けたときに、「嫌なことを言われた」だけで終わるのではなく、
「次は気をつけてみよう」と考えられること。
そして、実際の行動を少しずつ変えていけること。
それは、仕事をする上でも、日々の生活を送る上でも、大切な力になるのではないかと思います。
一人ひとりに合った「一歩先」を目指して
今回の出来事を通して、改めて支援とは何だろうと考えました。
優しく寄り添うことも支援です。
困っているときに手を差し伸べることも支援です。
そして、その人の可能性を信じて、
「あなたなら、もう一歩できるかもしれません」
と伝えることも、支援なのだと思います。
もちろん、その「一歩」は人によって違います。
今できていることを大切にしながら、その人にとって無理のない範囲で、少しずつできることを増やしていく。
そのためには、支援する側がその人をよく知り、どこまでなら挑戦できるのかを見極めることも必要です。
今回の2名とは、6年、7年という長い時間を一緒に過ごしてきました。
だからこそ、今の私には、
「ここはもう少し頑張ってみても大丈夫」
「ここは無理をさせない方がいい」
という判断が、以前よりできるようになってきたのだと思います。
「拭いたか」ではなく、「きれいな食器を届けられたか」
今回、利用者さんとのやり取りを通して改めて感じたのは、
仕事は「自分が何をしたか」だけではなく、「最終的に相手に何を届けられたか」が大切なのだということです。
「食器を拭いた」
ではなく、「お客様にきれいな食器を届けることができた」
ことが仕事のゴールです。
そのために、うまくいかなかったときには修正する。
指摘されたときには受け止める。
そして、次はより良くできるように工夫する。
そうした小さな積み重ねが、少しずつ「一人前」に近づいていくのだと思います。
「あ、汚れていますね」
「拭けていないですね」
「拭きます」
そう言って、自分から拭き直す姿を見たとき、
「成長したな」
と、とても嬉しく感じました。
そして同時に、支援する側である私自身も、
「何をさせるか」ではなく、「何のためにやるのか」
を伝えられる支援者でありたいと思いました。
これからも、利用者さん一人ひとりの可能性を大切にしながら、その方にとっての「一歩先」を一緒に目指していきたいと思います。
