【マンガ感想】『邪神の弁当屋さん』の、不思議で優しい魅力を全世界に伝えたい
「高さを出すこと」
「隙間を埋めること」
「弁当を詰めるコツさ。見栄えが良くなるんだ」
レイニーに料理を教えてくれたリサの言葉は、まるで『邪神の弁当屋さん』という作品そのものの構造を示しているようにも思える。
小さな工夫を積み重ねることで、日々を少しだけ、でも確かに豊かにする。
そんな優しさが、じわじわと心にしみてくるマンガがある。
それが『邪神の弁当屋さん』だ。
「神がどうやったらカタルシスを得られるのか」
重い問いだ。
こんな大きなテーマが、果たして人間の手に負えるのか。
でも、そんな不安はどこへやら。
このテーマを「弁当屋さん」に落とし込んで描こうという発想力。しかも舞台は、剣と魔物が存在する西洋ファンタジー世界。
にもかかわらず、出てくる料理と言えば、おにぎり、たまご焼き、オムライス……。
すごいギャップだ。
これを成立させてしまうイシコ先生のセンスが、本当にやばい。
そして、タイトルの『邪神の弁当屋さん』が、このすべてを包み込んでいて完璧すぎる。
1巻だけ読むと、少し掴みどころがないように感じる人もいるかもしれない。
だけど、2巻を経て、もう一度1巻に戻ってみてほしい。
世界が一気に立ち上がって、深みにハマっていく。
もっとこの世界に浸っていたくなる。
そして、きっとこう思うはずだ。
「邪神の弁当屋さんに行きたい」と。
2巻末のスピンオフ的な短編――「布面男」は、本当に良かった。
この読み切りだけでも、物語としての完成度が高い。
読み返すたびに、新しい“うま味”が見つかる。
『邪神の弁当屋さん』は、まさにスルメマンガだ。
好きすぎて語りたい名シーンたち
<1巻>
・第1話まるごと。
(選べないんだから仕方ない)
ナレーション含めて完全に引き込まれる。
花丸つけたいくらいの会心のスタート。
※最後にマンガのページを貼っているので、
どうぞ。
<2巻>
・ご飯粒を頬につけたまま、ライラックを諭すレイニー。そして「神様じゃあるまいし」と自嘲気味に言い放ったときの、あの横顔。(第5話)
・レイニーが胸の内で思った「慰められているのは私のほうか」のシーン。(第7話)
2巻を読み終えたとき、ようやくこの作品の味わい深さが輪郭を持って迫ってくる。
でも、それは同時に、レイニー(=元・邪神ソランジュ)がカタルシスに至るには、果てしない道のりを歩まなければならないということでもある。
いったい何が起きたら、どうなったら、
レイニーは“救われた”ことになるのだろうか。
テーマは途方もない。
それでも、この作品が重たく感じられないのは、やっぱり“お弁当”という身近で温かい存在が軸にあるからだと思う。
おにぎりやオムライス。
作ってもらうと嬉しい料理だろう。
誰かが自分のために手をかけてくれることの嬉しさ。
あの3人でおにぎりを握るシーンなんて、もう泣けるぐらい良かった。
弟・ナタリオへのフォローも、じんわり心に効いてくる。
ライラックの存在に救われている部分が多い。
邪神のソランジュ(レイニー)は、罰として人間界に落とされ、「善行を積み、神の力を取り戻し、世界の創造主を倒して、自らを消す」ことを目指している。
けれど、神と違って“力”を持たない人間たちと日々を過ごす中で、レイニーは“神だったころには得られなかった何か”に出会っていく。
その先にどんな結末が待っているのか、私はもう目が離せない。
というより、私の心は、この世界の中に囚われてしまった。
世界中の人よ、読んでくれ!
1巻と2巻、この2冊はセットで読んでくれ。
それが絶対条件。
『邪神の弁当屋さん』
読んだあなたにとって、この物語はきっと、家族みたいに抱きしめてくれる存在になると思う。
高さを出す事 隙間を埋める事
丸い形も 歪な形も
型に入れば 同じこと
とりあえず第1話を読んでみてもいい。
けど、私は単行本を買うことをおすすめするよ。
