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3.11の記憶とともに――『働くこと』の意味について

皆さんにとって、
『働く』とはどんな意味がありますか?

何のために働きますか?

自分は何がしたいのか。
何のために働くのか。
そして、働いてどうなりたいのか。

その答えが、今あなたの中にありますか?

私自身、
14年前の3月11日――東日本大震災のときに、
働くことの意味を深く考えることになりました。

今日はそのときの経験を振り返りながら、
「働く」ということについて、
改めて考えてみたいと思います。


当時の私は、働く意味を見失っていました

新卒で入社したのは、
大手航空会社のグループ企業。

空港展開プロジェクトを担う部署に配属され、
入社3年目から
プロジェクトマネージャー業務を任されました。

大きなプロジェクトのリーダーを任されることは、
とてもすごいことのはず。

でも、

失敗が許されないプレッシャー。
若手の女性というだけで指示が通らない悔しさ。

「こんな仕事、辞めてしまいたい。」

そう思いながらも、
必死に食らいつく日々を過ごしていました。


仙台空港の復興部隊から外れたこと

震災直後、
会社に課せられた重大なミッション。

それは、
甚大な被害を受けた仙台空港の復興でした。

そして、
空港展開を手掛けるうちの部署を中心に
チームが編成されることになりました。

「誰が現地に行くのか?」

同じ部署の一つ上の先輩は
他のプロジェクトが佳境を迎えており、
アサインは難しい。

他のメンバーは全員が課長以上の役職者。

そうなると、私が選ばれる可能性は高い
――そう思っていました。

数日間、不安で眠れませんでした。

正直、怖かった。
どんな状況かわからない現場に行くこと。
また地震が起こるかもしれない恐怖。

しかし、最終的に私は選ばれませんでした。

後で知ったことですが、
私は地震直後にオフィスで
PTSDを発症していたそうです。

阪神大震災を経験した過去が、
無意識のうちに私を蝕んでいたのかもしれません。
3.11地震直後の記憶が今もないので、
実感はありませんが。
(後に、その場に居合わせ、
全社報告で報告したと人事に聞きました)

おそらくそういう配慮もあったんだと思います。

ただ、当時の私は
「女だからメンバーから外れたんだ」と思いました。

あんなに不安がっていたくせに
いざメンバーから外れたとわかると、
「私も現地に行きたかった。」と
虚無感にも似た感覚をいだいたことを覚えています。

ずるいですよね。。


目の前の仕事が、人を支えることにつながる

私に与えられた任務は、
現地に向かうメンバーのための食材や物資の調達でした。
(被災地に向かうため、
 現地での食料・物資の調達はできないため、
 全て持ち込む必要がありました)

しかし、都内のホームセンターやスーパーを
何時間も回っても、どこも品薄状態。

飲料水は売り切れ、
保存食も一人三つまでしか買えない。

「思うように物資が集まらない……」
と諦めそうになりましたが

「現地に向かうメンバーのために、
 自分ができることを最大限したい」
その思いで、何軒も何軒も店を回りました。

慣れない車を運転しながら、出来る限りの努力をしました。

なんとか最低限必要な物資を確保し、
現地へ向かうメンバーを見送りました。

「現場作業、どうぞよろしくお願いします。」

走り去る車を見つめながら、
私は無力感と焦燥感に包まれていました。

数日後、無事に彼らが帰還したとき、
彼らの笑顔を見て、初めてホッとしたのを覚えています。

(米軍から食料もらったと嬉しそうに語っていたのを覚えています)


「誰かの役に立ちたい」

彼らが無事に帰ってきたとしても
それでも、私はあのとき感じた無力感を拭えずにいました。

「何かしたい」

そう思った私は、
数カ月後に友人たちと
復興ボランティアに参加しようと計画しました。

しかし、予定が合わずなかなか実行できない。
待ちきれず、
私は単身でボランティアツアーに申し込み、
夜行バスで現地へ向かいました。

少しでも早く現地に行って
何かしなければという
焦燥感にかられての行動でした。

ボランティアに行ったことや
単身で乗りんだこと。
それ自体は、大したことではありません。

ただ、その経験は
私に「働く意味」を問い直す
きっかけをくれました。

なぜそこまでして、
現地にいかなければと思ったのか。

その理由は、
「誰かの役に立ちたい」
その気持ちこそが、
私を突き動かしていたのだと気づいたのです。


「働く意味」とは何なのか

震災を通じて、
私は「働く意味」を考えました。

私にとっては、
「誰かの役に立ちたい」
という気持ちが、
行動の原点になっていることを知りました。

今、私は人事という仕事に携わっています。

人が働きやすい環境を作ること。
社員が持っている力を引き出すこと。
一人ひとりが「自分の働く意味」を見出せるように
サポートすること。

震災をきっかけに考えた「働くことの意味」は、
今の私の仕事の原点となっています。


震災を風化させないために、今できること

あれから14年。
震災の記憶は、少しずつ遠のいています。

けれど、
あの日から人生が大きく変わった人々は、
今もなお復興の途上にあります。

そして、日本のどこかでは、
また新たな天災が起こり、
支援を求める人々がいます。

震災は、私たちに
多くのことを問いかけました。

その痛みや悲しみを無駄にしないために、
私たちは何ができるのでしょうか。

震災がもたらした悲しみや学びを、
次の世代へと受け継ぎ、
未来に活かしていくこと。

それは、あの日を経験した私たちにできる、
大切な使命なのかもしれません。

あの日、私たちは多くのものを失い、
大きな力の前で無力さを痛感しました。

けれど、時間が経った今、
私たちは働き、誰かを支えながら生きています。

「働くこと」とは、
誰かのためにできることを形にすること。

震災を経験した私たちだからこそ、
その意味を知っています。

そして、未来を変えていくために、
私たちは今をどう生きるのかを問われているのかもしれません。


働く意味を考え続けること

そしてもう一つ、大事なこと。

それは、
「自分が働く意味とは何か?」を考え続けることです。

震災を通じて気づいた『働く意味』を、
私はその数年後に忘れてしまいました。

それが転職の失敗や、
仕事のやりがいを見失うことに
つながったのかもしれません。

しかし、その経験を経て、
私は再び「誰かの役に立ちたい」という原点に
立ち返ることができました。

私たちは、日々の忙しさの中で、
「何のために働くのか?」という問いを
見失いがちです。

でも、働くことに迷いが生じたときこそ、
自分の原点を振り返ってみてほしいのです。

あなたの働く意味は、
あなた自身の中にあります。

それは誰かと比較するものではなく、
あなた自身が見つけていくもの。

どんな答えでも正解です。

だからこそ、立ち止まり、問い続けてください。

あなたにとっての「働く意味」とは何でしょうか?

何のために働きますか?

自分は何がしたいのか。
何のために働くのか。
そして、働いてどうなりたいのか。

その答えが見つかったとき、
きっと、あなたが進むべき道が自然と見えてくるはずです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

この経験についても、
自分の中で、どこかに記して
記録として残しておかなければという思いがずっとありました。

今回noteと出会い、数年越しにその思いが叶って
とても嬉しい気持ちです。


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