一生ボロアパートでよかった⑰
あらすじ
自慢だった新築の白い家が、ゴミ屋敷に変貌していく。父はアル中になり、母は蒸発し、私は孤独になった。
ーーー1人の女性が過去を振り返っていく。
ベストセキュリティコーポレーション。
青い看板のB.S.Coの文字に添えるように書かれたその名前こそ、父が勤める会社の正体でした。
聞いたことがある名前でした。一昔前によくCMで流れていた会社名でした。
「あなたの安全に、ベストを尽くします。
ベストセキュリティコーポレーションです。」
まだ我が家の壁面が白く輝き、父と母と共にダイニングテーブルで夕飯を一緒に食べていた頃、頻繁にCMで流れていた台詞でした。一昔前ドラマによく出ていた俳優が警備員の格好をして人差し指を立てているシーンが脳内再生されました。そう、父が勤めている会社は、警備会社でした。
青い看板を見上げてようやく理解したことは、父はもうあの立派でかっこいい南埼玉では働いていないという事でした。そして、家を建てたい人の夢はもう応援していないという事でした。
その経緯は想像することもできませんでした。考える意欲もありませんでした。私は、辞めちゃったんだなと一瞬考えるも、リストラという発想はあえて持ちませんでした。"父の職場が変わってしまった"という事実を認識するだけで、そういう現実味のあることは考えたくなかったのです。私はただ、父があの立派でかっこいい南埼玉ではもう働いていないという事が十分ショックでした。
私は、青い看板を見上げて惨めな気持ちで心がいっぱいになりました。
自分の力では何も成し遂げられず何も得ることができなかった当時の私は、私自身を無価値に感じていました。だからこそ、自分の所有物によってしか人に優越感を感じることができませんでした。父の職業や、母が美人だとか、そんな事でしか私の存在意義を見出すことができなかったのです。かつて新築の白い家に積極的に友達を呼んだのも、その友達にペットのハナをこれ見よがしに自慢して見せたのも、そういう側面があったのだと思います。だって子供が自分の力で手に入れられるものなんて限りがありますから、そういった周りのものを自分の一部かのように見せて、自分が選ばれた特別な人間なんだというふうに思わせたかったのです。そうして自己肯定感を満たすしか術がなかったのです。少なくとも私は、そういうふうに自分を見せて、子供の狭い社会で戦っていたのだと思います。
父が立派でかっこいい南埼玉の大手ハウスメーカー勤務から、辺鄙な田舎の北埼玉にある警備会社勤務に変わったのは、突然自分の財布を有名ブランドから100均の財布にすり替えられたような感覚でした。私は、自分の所有物の価値が大暴落した気分を味わいました。そしてより一層、自分の価値も暴落するのを感じました。なるほど、私はもう何も持っていないに等しいんだと思いました。
私は現実から目を背けるように、青い看板に背を向けてトボトボと駅に戻りました。しかし駅の改札を過ぎようとした時、無情にも赤色が音を立てて点滅しました。
ピコーン。Suicaをかざして改札を出ようとすると、改札のバーに押し止められました。Suicaにチャージしていた残金がほとんどなくなっていました。どうやら一駅分も乗れないようでした。
まさに踏んだり蹴ったりでした。今日は家の中のゴミに堰き止められる事なく外に出られたと思ったのに、今度は改札に堰き止められてしまいました。私の行く手はいつも誰かに阻まれてばかりです。
私は駅の改札前のベンチでしばらく呆けていました。どうしよう、帰れない。
歩いて帰るにも、方角も帰り道も見当がつきませんでした。3駅向こうの自宅に歩いて帰るのは、ここ数週間引きこもりしていた私には、精神的にあまりにハードルの高いことでした。ここ数日間菓子パンで生成された身体も、決して持久力を擁していませんでした。
どうにか家に帰る方法がないか、しばらく駅の周辺を歩きまわって探しました。タクシーがたまに駅の前を通るけど、私にはその使い方もよくわからなければ、それを使うためのお金もありませんでした。自転車は駅前にたくさん並んでるけど人様のものだし、盗んだチャリで走り出そうとも全く思えませんでした。
はぁ、父を待つしかないか。
この時私は、自分が子どもなんだと痛感しました。両親に生意気に反抗してわがままに振る舞って、どれだけ不幸を誰かのせいにしようとしても、私はただの無力な子どもなんだと、そう思いました。
つづく
更新遅くなりました💦
風邪を拗らせて体調不良が続いておりました。
スローペースの更新にお付き合いくださり、またいつも読んでくださり、本当にありがとうございます🥲
↑1話からまとめたマガジンです✨🤗
↑短編もあります!1話完結です😊
