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一生ボロアパートでよかった㉛

あらすじ
自慢だった新築の白い家が、ゴミ屋敷に変貌していく。父はアル中になり、母は蒸発し、私は孤独になった。
ーーー1人の女性が過去を振り返っていく。

↓前話

↓本編


 次の日、もちろん学校には行きませんでした。薄寒い布団の中で午前中いっぱい眠りました。途中ノックの音が聞こえたような気がしましたが、起きれませんでした。

 昼に目を覚ますと、部屋の扉の内側におにぎりが置いてありました。そのおにぎりに海苔は巻かれておらず、ラップに包まれ白いお皿の上に乗っていました。そのシンプルさが、米の白さをより際立たせて見せました。手作りの、ちょっと大きめの二つのおにぎり。こんなにたくさん食べられないよ、お父さん。私は、そう思いました。

 父が作るおにぎりは大きいんですよね。手が大きいから。昨日あの後、私のためにお米を炊いてくれたのかな。朝仕事へ行く前に、おにぎりにして置いて行ってくれたのかな。私は父の優しさを感じておにぎりの一つに手をつけました。一口ずつよく咀嚼して味わって食べました。米粒一つまで綺麗に食べきると、残りのおにぎりに手をつけるか悩みました。すでにお腹は膨れていました。でも残すのは勿体無いし、父の優しさを蔑ろにしたくないと思いました。父が帰ってきたら「おにぎり美味しかった」は言えなくても、全部食べ終わったお皿をダイニングテーブルの父の席に置いておきたいと思いました。

 残りのおにぎりをどう食べようかと思案した私は、父を尾行した日に桜の木の下でおにぎりを食べたことを思い出しました。あの日は桜の美しさを堪能することなく時間を潰してしまいました。でも、思い出してみれば、ひらひらと舞い散る桜の花びらは確かに美しかったのです。あの時はその美しさもおにぎりの味も楽しめませんでした。それを惜しく思うと、私は無性に桜の木の下でおにぎりを食べたくなりました。今なら学生は学校に行っているし、同級生に会うこともない。家にいてもすることはないし、良い暇つぶしになるだろうと思いました。昨日の帰宅時から軽い私の身体は、布団から抜け出してしまえば簡単に浮いて外へ出られそうでした。

 私は外着に着替えて玄関へ向かいました。玄関までは、容易にゴミ達を掻き分けて進むことができました。しかし、玄関まで辿り着くと立ち止まってしまいました。昨日は揃えて置かれていた靴が、今日は私が昨日脱いで散らかしたままの状態になっていたからです。外に出る気が萎えました。でも、パーカーの右ポケットに入れたおにぎりの膨らみを感じて、自分で揃え直して靴を履きました。

 行く先はすぐに決まりました。昔家族で住んでいたボロアパート近くの公園です。歩くと30分くらいの場所ですが、学区が違うので今の家に引っ越してからは遊びに行くことはありませんでした。あの公園には桜があるはずでした。幼少期に見たあの公園の桜もまた立派で美しかったと記憶していました。

 玄関を開けての一歩は軽かったです。春風が今日学校に行けなかった私の劣等感をも温かく包んでくれました。



つづく



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