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短編小説:もう秋服売ってるよ、私なんてまだノースリーブ着てるのに。 〜子ども部屋35歳の慰め〜

ノースリーブとは、袖がないトップスのこと。


 もう秋服が売られている。気晴らしに出掛けたショッピングモールで、自分の服装が季節の移り変わりに合っていないと気がつく。私はいまだにノースリーブを着ている。これは白色の生地全体にレースがあしらわれているのを気に入って買ったものだ。下は淡い水色のデニムパンツ。夏の終わり、まだ暑い日もあるから、今日のコーデにはなんの迷いもなかった。しかし店に並んているのは、オータムカラーの長袖。セーターや防寒グッズまで目に入る。通りすがる人々も上着を羽織っている。私は、つくづく時の移ろいに溶け込めていないのだと実感する。

 昨日、同窓会があった。会場は卒業した中学校から程近い和食料理屋だった。2階の座敷が知らない顔で埋まっていた。中学3年の元クラスメイト達は、すっかり大人らしい顔つきになっていた。私も含め、今年でみんな35歳だ。

 本来この同窓会は、30歳になる年に開催する予定だった。延期に延期を重ねたのは、コロナウイルスの流行があったからだ。開会の挨拶で、幹事の宮下君がそう言っていた。

 宮下君の開会の挨拶と進行は見事だった。元クラスメイト達との思い出話でみんなを笑わせた後、元担任・佐々木先生がサプライズで登場。会場は一気に大盛り上がりとなった。宮下君は佐々木先生が昨年定年退職されたことを労いつつ、私達の中学最後の担任をしてくれたことに感謝を述べた。宮下君は会社の飲み会でも幹事をたくさんこなしてきたのだろう。乾杯の音頭に至るまでその司会ぶりは完璧だった。こういう人は仕事も出来るに違いないと思った。同い年だけど、私には絶対にできない。さすが、私の初恋の男だ。

 同窓会での私の席は、宮下君の隣だった。中学三年生の頃の出席番号順で席決めをされていた。初恋もこの出席番号順から生まれたのだった。隣の席からいつも明るく話しかけてくれる彼に、私は惹かれたのだ。宮下君のことは、当時"みやちゃん"と呼んでいた。彼は野球部でキャプテンをしていて、人気者だった。彼女もいた。おかげで私はずっと彼に告白出来なかった。それでも"みやちゃん"と呼んで隣の席に座ってお喋りできれば、私は幸せだった。

 大人になった宮下君も素敵だった。背が伸びて、男らしい体格になった。野球で鍛えた肩は頼り甲斐がありそうだった。目尻の皺も人の良さを表しているようだった。でも、左手の薬指に光る銀色を見つけると、再び熱を帯び始めた心がスウっと冷めていった。話を聞けば、宮下君は結婚をして、もうパパになっていた。仕事も順調に昇進して、中間管理職がずいぶん板についているようだった。

 宮下君は職場婚だったらしい。コロナ禍に結婚したから、式は挙げなかったと言っていた。でも写真だけは撮ったんだと、デレた顔をして自慢げに奥さんの写真を見せてきた。ウエディングドレスを着た奥さんは、たしかに綺麗だった。白のタキシードを着た宮下君も凛々しい顔をしていて、とてもお似合いだった。

 それを見た私は「わー、イイネー」とだけ言った。棒読みだった。コロナ禍に結婚したとはいえ、もしこの同窓会が30歳で開かれていたなら、私が宮下君と結婚する世界線もあったのではないかと思った。あのウエディングドレスだって、私が着ていたかもしれない。

 でも「この間、子どもが2歳になったんだ」と話す宮下君の笑顔を見たら、そんな事を一瞬でも思った自分が薄汚い奴に感じられた。宮下君は私にその子の写真を見せてくれた。宮下君の子どもの頃にどことなく似ていた。どうやら、もう1人の子どもも今奥さんのお腹にいるらしい。屈託なく笑う子どもと綺麗な奥さんの写真を何枚も見せられると、私と宮下君が結婚する世界線ははなから1mmも存在しなかっただろうと思えた。私は「お幸せに」と心の中で唱えて、後は黙って宮下君の話を聞いていた。結局同窓会の間、宮下君のことは一度も"みやちゃん"とは呼ばなかった。

 その後も私の周りの席では結婚や育児の話に花が咲いていた。話が弾みだすと、家や土地の値段まで話し始めた。お酒がまわりだしてからは、就職先や仕事の功績まで自慢する者が現れた。私はただ相槌を打つだけだった。未婚・ブラック低給平社員の私は、この手の話題には入れない。時折気遣い上手な既婚者が、私に最近の恋愛について話題ボールを投げてくれたが、私はバットも振れずに見送った。今も彼氏なんていないし、コロナ禍で恋愛もさっぱりだった。仕事も誇れるような功績はない。なんなら、そんな状況を打破すべく今日新しい彼氏を見つけに来ました、とはとても言えなかった。まさか同窓会がこんなに既婚者のリア充ばかりだとは思っていなかった。私はこの会の早期解散を願いながら、ただ笑顔を貼り付けてやり過ごした。幸せと人望に溢れた幹事・宮下君は、みんなに酒を注がれては飲まされていたので、最後の方はへべれけになっていた。閉会の挨拶は最近婚約したという前島君に任され、最後の一本締めは佐々木先生がしていた。あの後、宮下君がどうやって愛する家族の元へ帰ったのかは、私は知らない。

 解散後、帰り道1人きりになって、ようやく肩の力が抜けた。ひくつく口角を手で押さえると怒りが湧いてきた。「リア充爆発しろ」という言葉が久しぶりに頭に浮かんだ。「今から帰る」と母にLINEすると、余計に孤独感が増した。私は生まれ育って今も住んでいる家に、寄り道もせずに帰った。暗い夜道も慣れたものだ。その道はかつての通学路であり、現在の通勤路だった。

 家に帰って冷蔵庫を覗くと、父が飲む予定の500mlのビール缶が冷やされていた。許可なく取り出して開栓すると、プシュッといい音がした。この音だけは「あなたはもう十分大人ですよ」と慰めてくれているようだった。

 中学生の頃の私は、35歳はもっと大人だと思っていた。そしてなんの疑いもなく、結婚をして子どもがいるものだと思っていた。私は、過去に描いた未来を何も成し得ていない。まさか35歳でこんなにも劣等感に苛まれているとは想像もしなかった。

 缶ビールを握りしめ、リビングでぼうっとテレビを見つめていると、横から母親が話しかけてきた。

「ねぇ、同窓会、誰がきたの?いい人いた?」

 私はムッとした顔をして、黙っていた。

「35歳じゃ、みんなはもう結婚してるんじゃないの?」

 結局我慢ならず、私は怒気を含んだ声で言い返した。

「うるさいな」

 私は、肩に置かれた母の手を振り払い、2階の自室へ逃げようと階段を登った。後ろからまだ何か言いたげな視線を感じて、居た堪れなかった。母も、私が独身でいることを気にしている。それが母なりの心配だとも理解している。でも、今は、うるさいのだ。

 階段を登る途中、風呂上がりの父の声も聞こえた。

「なんだ、お父さんのビール飲んじゃったのか」

 残念そうな声だった。それでも父は怒ったりしない。そう、私の両親は、優しい。だからこうして、35歳になっても私は実家住まいに甘えているのだ。

 自室に入ると、一瞬だけほっとした。でもすぐに空虚感に襲われた。子どもの頃から変わらずに部屋に隅に鎮座し続ける学習机から、無言の重圧を感じた。私はいったい、いつまでこの部屋にいるのだろう。私はまたもや、猛烈に缶ビールの開栓音を聞きたくなった。

 そして翌日の今日。昨日の鬱憤をはらすべく、私はショッピングモールに来たのだった。

 自分の服装を見下ろす。ノースリーブとデニムパンツが、やけに子供っぽく見える。オシャレのつもりで着てきた服だが、急に自分の露出された二の腕が恥ずかしく思えてきた。35歳のくせにこんな格好してるからいけないのかな、とつい自虐的になる。同窓会ではお淑やかに半袖のワンピースを着て行ったが、既婚者のリア充達は私とは違い、ラフな服装だった。既婚者はオシャレなんかしなくても、その左手の薬指さえ光っていれば、服装なんてどうでもよくなるのかもしれない。

 ああ、色々と考えていたら、肌寒くなってきた。

 私は両腕を交差して二の腕を撫でた。袖がないから寒いのかもしれない。それなら今、UVカット用のアームカバーなら手持ちがある。いや、でもショッピングモールの室内でつけるのはなんだか恥ずかしい。母に「お母さんの職場にいい子がいるのよ、あんたの4つ下だけど。紹介してあげようか」って言われた時くらい、そうじゃない感がある。せっかく今日はオシャレしてきたんだから、なんとなく、アームカバーはつけたくない。

 それならば、と目の前の店の秋服を吟味する。これを今買うべきなのかと考える。でも、私が欲しいと思える秋服は見当たらない。やはり今の私には、まだ秋服は必要ないと結論付ける。室内では冷房が効いてるから肌寒く感じるが、外に出れば太陽の暖かさを感じられるし、風が素肌を撫でて心地よいのだ。この服装は、場所によって結構適温だ。

 周りが秋服を着ていても、私はまだノースリーブでいい。自分の居心地の良い場所で過ごせばいいだけだ。そう思って、今肌寒いのは我慢することにした。季節の移ろいも流行も、私には関係ない。

 もう、家に帰ろう。それで家に帰ったら、父と母に「昨日はごめんね」と言おう。それから夜は3人でお酒でも飲もう。シャンパンがいい。お土産があれば母と仲直りがしやすいし、父もお酒だと喜ぶ。家族みんなで飲むには、昔からシャンパンが盛り上がった。私が二十歳になって初めて家族でお酒を飲んだのも、シャンパンだった。なにより、私もあの小気味のいい、ポンっ!という開栓音を聞きたい気分だ。



おわり




今回ノースリーブ・タンクトップ・ランニングの使い分けを初めて知りました。笑

ノースリーブ(No Sleeve)はその名の通り、「袖がない」トップスを指します。定義が「袖がない」のみなので、袖なしの衣類は全てノースリーブと言えます。襟の有無や首元の開き具合などに左右されない、袖なしの衣類の総称です。

タンクトップはファッション色の強い言葉で、デザイン性の高いものをタンクトップと呼ぶことが多いです。

一方ランニングは、スポーツをおこなう際に着用することを想定して作られています。本来であれば「スポーツ用のタンクトップ」という考え方が正しいでしょう。

ただし、ランニングは「おじさんが着用する下着」というイメージが付けられているのも否定できません。そのため、女性用の下着を「タンクトップ」男性用の下着を「ランニング」と呼ぶこともあります。

https://www.rub-lab.com/content/rub-log/5141



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