見出し画像

短編小説:家はたしかに生きていた 〜ばあちゃんが帰りたかった場所〜

 ばあちゃんがよく言っていたんだ。「人が住まなきゃ、家は死ぬ」って。優しい目で家の中を見渡して、そう、よく言っていたんだ。

 その話が始まると、長くて大変なんだ。俺はもう何度もその話を聞いているのに、ばあちゃんは毎回まるで初めて話すみたいに、思い出しながら一つ一つ丁寧に喋るんだ。その話は必ず「この家は、じいちゃんが建てたんだ」っていうところから始まる。

 大工のじいちゃんが、自分の家は自分で建てたいと言い出して、その家を建て始めたんだ。昼は仕事で人の家を建てて、夜に帰ってきてから自分の家を建てた。休日も家造りに充てた。たまに大工仲間に手伝ってもらって、3年かけてようやく建て終えた。それまでじいちゃんはどんな家が建つか、ばあちゃんには秘密にしていた。ばあちゃんは、新婚ほやほやの頃は「素敵♡」なんて思っていたけど、2年が過ぎた頃からは「家なんか一生建たないんじゃないか」って思い始めたらしい。何度も愛想を尽かして家を出てってやろうかと思ったって、ばあちゃん、いつも笑いながら話してた。

 でも、3年が経って完成した家に案内されると、ばあちゃん、じいちゃんのこと惚れ直したんだって。ほとんど周りは山だし、小さくて立派な家ではないけど、その家に温もりを感じたんだ。家事がしやすいように水回りの間取りが工夫されていて、ばあちゃん、感動したって言ってた。じいちゃんは照れ屋だけど、人を喜ばせるのが好きな人だった。ばあちゃんが「良い家建てたね」って珍しく褒めたら、じいちゃん、耳まで真っ赤にして照れていたんだって。

 子どもは4人産まれて、元気な声がよく響く、賑やかな家になった。ばあちゃんは子育てと家事に追われて、それはもう大変な日々だったと話してた。それでもばあちゃんは子育ても家事も頑張った。いつも家の間取りからじいちゃんの優しさを感じていたからなんだって。家事の動線がよく考えられた家の間取りは、じいちゃんの思いやりそのものだった。ばあちゃんは「この家は子育ても家事もしやすい最高の家だ」って、いつも誇らしげに話してた。

 子どもが成長すると、次々に巣立っていった。末っ子だった俺の親父まで家を出ると、家はずいぶん静かになった。ばあちゃんは寂しく感じるようになったらしい。朝、台所で料理をしていると、ふとした瞬間に、幼い頃の子ども達の声が聞こえて、すごく虚しく感じたって言ってた。

 でも徐々に、ばあちゃんはじいちゃんとの2人暮らしの中で、身近な幸せに気付くようになった。じいちゃんがご飯を残さずに食べてくれることとか、たまに仕事帰りにお土産を買ってきてくれることとか、「今日の弁当美味かった」って言ってくれることとか。そういう些細なことに目を向けられるようになってから、2人暮らしも悪くないって思うようになったんだって。子育て中は忙しくて意識できなかったけど、実はそういう小さな当たり前がとんでもない幸せだったって気付いたらしい。

 2人暮らしになってからしばらく経った頃、じいちゃんが体調を崩すようになった。じいちゃんは大工の仕事をまだ続けていたけど、休みがちになった。じいちゃんもばあちゃんも、休んでいればすぐに治るだろうと思っていたらしい。でもある日、じいちゃんが家で倒れて、救急車を呼んだんだ。

 じいちゃんはそのまま入院した。じいちゃんに、癌が見つかったんだ。手術をして退院してからは元気そうにしていたけど、仕事はばあちゃんに辞めさせられたらしい。じいちゃん、その頃にはもう70歳近かったから、ばあちゃんがもう潮時だって言い聞かせてね。「畑でもしなさい」って言って庭に小さな畑を作って、半ば無理矢理じいちゃんを療養させたんだ。「家を造るのが生きがいだ」ってじいちゃんよく言っていたから、仕事を辞めさせるのは骨が折れたって、ばあちゃん言ってた。でも、だんだん食べる量が減って、じいちゃんが入退院を繰り返すようになると、最期はどう死ぬかって話になったんだ。

「家で死にたい」

 口数が減ったじいちゃんは、そればかり言うようになった。

 ばあちゃんは腹を決めた。じいちゃんを家に連れて帰るって決めたんだ。じいちゃんが建てたあの家に。家族で過ごしたあの家に。子どもが巣立って2人きりで過ごしたあの家に。

 じいちゃんの家には、週に1度医者が診に来てくれた。訪問看護も来てくれた。ばあちゃんもその時すでに65歳を過ぎていた。そういうの、老老介護って言うんだっけ。親父達はばあちゃんの身体も心配していた。兄弟の中で唯一ばあちゃん達と同じ市内住んでいた俺達一家は、なるべく週末はばあちゃんの家に行って、じいちゃんの介護を手伝った。まだ中学生だった俺に直接手伝えることはほとんどなかったけど、ばあちゃんの話し相手くらいにはなれた。それに引き換え、ばあちゃんはすごかった。オムツ交換も、体拭きも、食事介助も手慣れていた。ばあちゃんはほとんど24時間付きっきりでじいちゃんを看ていたんだ。まだガキだった俺には、弱っていくじいちゃんを見ることはショックだったけど、生きるというのはこういうことなんだと学んだ。

 じいちゃんが死んだのは、家だった。じいちゃんが建てた家。家族で過ごした家。ばあちゃんと2人で過ごした家。そして、じいちゃんが死にたかった場所だった。じいちゃんはすっかり痩せてしまっていたけど、いい顔で死んだ。みんながそう言っていた。ばあちゃんもそう言っていたから、間違いない。

 その後、ばあちゃんはあの家で1人で暮らすようになった。親父達はばあちゃんの家にひと月に数回は様子を見に行くようになった。歳を重ねると、親父はさらに心配するようになって、毎週末に数時間でも様子を見に行くようになった。親父はばあちゃんに同居を提案していた。それがダメならと、自分達の家の近くでアパートを探して住めばいいと勧めた。でも、ばあちゃんはそれらを全て断った。

「人が住まなきゃ、家は死ぬ」

 ばあちゃんは頑なだった。

「私が家を出たら、この家は死んじゃう、そんなのはイヤ」

 俺も親父も、いや、親戚中みんなが、気付いていた。ばあちゃんも、じいちゃんと同じように家で死にたいと思っていることに。そしてばあちゃんがその命ある限り、家を守り抜く覚悟でいることにも気付いていた。だからせめてばあちゃんが寂しくならないように、盆と正月は親戚みんなでばあちゃんの家に集まった。ばあちゃん、嬉しそうだった。孫が増えるたび、あの小さくてボロい家は再び騒がしくなっていった。

 ばあちゃんは長生きした。88歳まで生きた。長いこと1人で家を守った。でも、畑で転んで足を骨折してからは、病院暮らしになった。最期はやっぱり「家に帰りたい」と、しきりに言っていた。ばあちゃんは肺炎になってからどんどん悪くなって、結局、病院で死んだ。親父は悔しがっていた。あの家に連れて帰りたかったと、葬式で咽び泣いていた。

 俺はばあちゃんが入院してから、たまに親父とあの家の様子を見に行っていた。そこで、ばあちゃんの言っていたことは本当だったと知った。

「人が住まなきゃ、家は死ぬ」

 ばあちゃんが家に住まなくなってからは、そこら中に蜘蛛の巣が張るようになり、畳はカビ臭くなった。食卓や写真立ては埃をかぶるようになった。庭の雑草は生え放題になって、綺麗に整えていた花々は枯れ朽ちた。そして、じいちゃんとばあちゃんが丁寧に育ててきた畑の野菜達は、腐り落ちた。

 それらを目の当たりにした俺は、家はたしかに生きていたのだと知った。そして、ばあちゃんがいなくなって、家は死んでしまったのだと感じた。

 家は、解体されることになった。ばあちゃんが死んでからは、俺達もあの家に行くことはめっきり減り、老朽化が加速した。俺は解体前、家の片付けを手伝う中で、家のことを思った。

 この家は幸せだっただろうか。

 いや、当たり前だ。絶対に、幸せだった。だって、じいちゃんに建ててもらって、じいちゃんが死にたいと願い、そしてばあちゃんが帰りたいと願った家だ。ばあちゃんは帰れなかったけど、それでも、あの家は幸せだったはずだ。

 家に帰れなかったばあちゃんは、不幸だっただろうか。いや、家には帰れなかったけど、ばあちゃんも絶対に幸せだったはずだ。あの人生が幸せじゃなかったなんて、誰も思わない。ばあちゃんは、幸せだった。絶対にそうだ。だって、ばあちゃんはいつも幸せそうに家のことを語っていたんだから。

 そうして家はついに取り壊され、更地になった。でも、そこに新たな家が建つ。まさか俺が結婚して、ここに家を建てるなんて思ってもいなかった。

 なぁ、2人で良い家を建てような。

 ここは、ほとんど周りは山だし、立派な家は建てられないだろうけど、温もりのある家を建てよう。死ぬ時に帰りたいと願える家にできたら最高だ。長い年月をかけてそういう家にしよう。俺達もじいちゃんとばあちゃんみたいな夫婦になれたらいい。子ども?いや、4人欲しいわけじゃない。でも、俺はずっとばあちゃんの話を聞いてきたから、子どもは多いと楽しいんじゃないかなって思うよ。そうすると、子ども部屋をたくさん作らないとだめかな。まぁ、それは子どもが生まれてから考えよう。

 ついに、夢のマイホームか。
 じいちゃん、ばあちゃん。
 俺もここで、良い家を建てるよ。



おわり



↓他にも一話読切の短編小説あります🤗


↓連載小説も書いてます☺️

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集