味噌をなめる
地域のアマチュア囲碁大会で優勝すると、たいてい、申告した段位を疑う発言が聞こえてくる。三段なわけがない、あれは絶対、五段くらいの力がある、とかなんとか。てやんでえ。と、思う。残念ながら正真正銘、ちゃんと真面目に優勝を重ねてやっとこさ勝ち取った三段なんだよ。悪かったな。それよりも、その三段に負けたことが納得できずに「あれは五段だ」と評価する、てめえこそは本来その段位なんだろう。ちょっとした大会でいい成績を収めて近所の人に自慢したいばかりに段位を取得しない、そういう輩がどこにでもいるのだ。
縁側に座ってまくしたてる叔父の前に、私はぬるめの緑茶を置いた。横着者用の熱湯玉露をたまたま切らしていて、仕方がないからきちんと冷ましたお湯を使って真面目に淹れたお茶だ。
「そうかそうか」
柔和な笑みを浮かべて、祖父はうなずいていた。
「まあ、気にせんことよ。自分が真面目にやっとりゃあええ」
そう言って、小さな茶器を手に取る。応じるように同じ動作をしながら、叔父はまだ憤懣やるかたない。
「へぇけどなぁ。毎度毎度おんなじことばぁ。ええ加減頭ん来るで。でぇてぇあの者ぁ」
毎度毎度、なのはアンタも同じだよと、私は思う。囲碁大会がある度に、帰りには必ずここに寄って、同じ愚痴を言う。私は別にずっとそこに座って拝聴しているわけではなく、単に茶菓を供したりしながら聞き流しているだけだが、祖父はそうではない。いい加減聞き飽きているだろうと思うが、そんなそぶりを見せることはない。
「うめぇ」
茶器を下ろし、祖父が満足そうに言う。
「あぁ」
叔父も肯いの声を漏らす。私はこっそり胸をなでおろした。
万事おっとりと平和的な祖父と、何事につけ短気で神経質な娘婿の叔父は、血のつながりもなければ性格も全く似ていないのだが、なぜか二人とも、お茶にだけはうるさい。そして、二人ともが「おいしい」と思うと、だいたい叔父の愚痴も終わる。
「よくもまあ毎回毎回飽きもせずに」
チシャ揉みの入った小鉢を祖父の前に置きながら、今度は私が、思わず愚痴を言った。
「いいじゃんね。ちゃんと優勝してんだから。三段だろうと五段だろうと」
酢味噌和えのレタスに、祖父は嬉しそうに箸をつけた。祖父は味噌が大好きだった。味噌汁も好きだが、それよりもなお、チシャ揉みだとか、風呂吹き大根や、衣被といった味噌を添えて食べるような料理が好きで、そういうものを食べるとき、彼はなんとも幸せそうな顔をする。この顔が見たくて、母は毎日何かしら味噌を使った料理を作る。場合によっては、ご飯に直接載せるタイプの味噌を用意することもある。
「あの人は真面目じゃけぇな。嘘つき言われるんが我慢ならんのよ」
酢味噌味のレタスを口に運びながら祖父の言った言葉を聞いて私はふと、子供の頃、とあるメガネ店のCMが不思議だったことを思い出した。ある町で二番目のメガネ店だと、誇らしげに宣伝していた。なぜその町一番ではなく二番目なのか、と不思議がる私に、叔父が言ったのだった。「そりゃぁおめえ、一番じゃいうたらかならず『いんや、ウチが一番じゃ』ゆうもんが出てこぉが。へぇけど、二番ゆうときゃあ、まあ誰も、わざわざ嘘じゃゆうてくるもんもおらんのんよ」と。そういうものかと思った。そういう理由で、わざわざ二番目をなのるものなのか。そもそも、メガネ店の一番二番というのはどういう観点なのだろう。有名? 店舗の大きさ? 品ぞろえの良さ? そんなことを考えていた時
「今日はこんなのもあるんよ」
母が弾んだ声で、冷蔵庫から何かを取り出した。みると、ご飯に直接つけて食べるタイプの、甘い味噌だ。祖父の顔が一段と幸せそうになった。
「わしはの」
母が差し出した小さじを使ってさっそく味噌をとりながら、祖父がふと笑って言った。
「味噌をなめることに関しちゃあ、八段ぐれぇなんじゃ」
