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s_kaoru
責任ある積極財政という言葉に対して問いかける
その『責任』って、誰が負うんだろうか。
今政権を持っている人達が負うような言い方ではあるが。
悪いけどあの人達信用できるようには思えないんだけど。
あの人達、湯水のように他国に貢ぐじゃない?自分のお金でもないのに。
今朝、小学校のプールが老朽化してるから授業では水泳の実技ができないという報道をしていた。それでどうするかというと、座学でやっているのを取材しているのでため息をつくしかない。現場はよく頑張っていると思う。でも、座学で水泳ができるようになるとは楽観的にすぎる考えだ。
昭和50年頃に作ったプール。作り直すには数百億円かかるそうだ。民間や自治体のプールを借りたり、学校現場は工夫を凝らしている。
責任ある積極財政。
主語がはっきりしない。
その財政の責任は、誰が負うのだ?
責任を負うとは具体的に、誰が何をどうすることだ?
これから大きくなりつつある子や、これから生まれてくる子達の分まで前借りして他国に貢いで使ってしまいはせぬかと、見ていてハラハラする。
骨太の方針とか、責任ある積極財政とか、イメージ先行の言葉が空疎に響く。
それらはいったい、誰が何をどうすることなのか。
JFKの就任演説での言葉、政治家達はみんな大好きだ。
「国があなたに何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国のために何ができるかを問いなさい」。
では、代わりに私は政治家達にこの言葉を向けよう。
「国民があなたの政権に何をしてくれるかを問うのではなく、国民をどう利用できるか問うのではなく、あなたが国のため・国民のために何ができるのかを問いなさい」と。
私達の大切な子ども達やそのまた子ども達を、ただ便利に利用しようとするなよ。
私達は監視ている。
視つめ続ける。
『見つめる』で検索して写真をお借りしています。
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