AI時代前夜。「状態過多」という新しい疲労
――今、愁猴の見ている風景 その6――
最近、「理由のわからない疲労」を感じている人が増えている。
情報は増えた。
だが、安心は増えていない。
ここに、時代のヒントがある。
これらはいったい、何が原因なのだろうか。
むしろ、この「違和感」を感じている人こそ、実は正常な感覚の持ち主なのではないか。
今、私たちが無意識に受けているストレスの正体を、「情報」という切り口から考察する。
技術は拡張した。だが、人間の神経系は更新されていない。
たとえば、昔むかしは、情報伝達方法として、山の上で火を焚き、煙を上げるなど、「狼煙(のろし)」という方法で情報を伝えていた。
隣町から隣町へ。
電気も電波もない時代、情報は目に見える煙であり、伝わる量もそれほど多くはない。
そこから電気、電波という技術革新が起き、伝達スピードと量は圧倒的に増えることになった。
有線電話から無線へ、インターネットからスマホへ。狼煙とスマホでは、情報伝達の速度も、量も、正確さも比較にならない。
しかし、ここで大きな問題がでてきた。
情報の「処理能力」に関しては、狼煙を使っていた時代の人も現代人も、全く変わっていないということだ。
技術だけが拡張し、器(人間)のスペックはそのまま。
情報量が増えれば、選択肢が増える。
選択肢が増えれば、判断と比較の回数が無数に増える。
常に「正解」を探し続けなければならない、緊張の連続。
これこそが、現代人を襲う無意識のストレス、つまり「情報過多」の正体だ。
「情報過多」ではなく「状態過多」という病
インターネットがSNS時代に入り、スマホを開けば、これまで見たこともないような情報が日々目に飛び込んでくる。
そこにあるのは、分断、怒り、承認欲求、マウント、正しさの押し付け合い……。
外側で起きていることは、個人の自己否定が表面化している状態といえる。
しかし、本当の問題は情報の「量」ではない。
問題は、流れ込んでくる「状態」の量なのだ。
どういうことか。SNSを開くたびに、私たちは他人の情動を浴び続けている。
怒り、成功への焦り、不安、歪んだ正義感。
無数のトゲのある情動が、私たちの身体を通過していく。
本来、人の神経系は「村単位」の情動を処理するように設計されている。
しかし今は、「地球規模」の情動がダイレクトに流れ込んでくる。
これが愁猴流にいうと「状態過多」というわけだ。
状態過多は、神経の過活動を引き起こし、私たちの無意識の反応を状態化する。
比較する、評価する、防御する、先回りする。
重心は前のめりに傾き、呼吸は浅くなり、膝は張り、肩は上がる。
身体は、常に“次の危機”に備えている。
安心できない身体は、常に未来にいる。
「未来へ構える姿勢」の緊張が常態化している。
この緊張こそが、現代の「疲れやすさ」の正体なのだ。
旧時代の「選択」から、AI時代の「配置」へ
ここ数年で多くの人が感じている疲労は、個人の問題ではない。
全体でみれば、文明の転換期における「自然現象」ということになる。
外側の世界が「情報の拡張・飽和・限界」を迎えたとき、内側の世界(ココロ)には「緊張の日常化」が起こっている。
身体に現れるのは、社会に適応しようとして生じた「無意識の癖」であり、その歪みが限界に来ている証拠なのだ。
旧時代は「正しい選択」だった。
膨大な情報の中から、正しいものを選び取ること。だが、情報が無限になったとき、「選択」はただの疲労に変わる。
ここからは、愁猴流。
AI時代には正しい選択では通用しなくなる。
あるのは、正しく「配置」された状態だ。
情報を処理しようとするのではなく、自分を委ねられる位置。
自分の位置が定まっていれば、情報はただ流れていく景色になる。
無限の情報をコントロールや制御、選択しようとした瞬間に情報の濁流に流されてしまう。
AI時代には、情報を減らすのでも、選択をやめるのでもない。
ただ、委ねられる状態に「配置」する。
文明の流れは、外側を拡張し飽和し、限界を迎えると、必ず内側へと回帰していく。
AI時代を目前に控え、情報の拡張が限界を迎えようとしている今、身体と心という内側へと統合が始まっている。
人の情報処理の神経が、文明の発展していく速度に追いつけなくなった。
疲れているのは、ココロが弱いからではない。
新しい時代へ適応するための、健全な拒絶反応かもしれない。
力を抜き、自然さに委ねる。
そこから、新しい景色が見え始める。
愁猴流
AI時代のキーワードはこれ!
『マノスベ = 自然さ』
◆ 愁猴流 転換期の方程式
AI時代=自然さ=曲線的=調和=関係=配置
旧時代=不自然=直線的=制御=対象=選択
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AI時代のキーワードは「自然さ」。
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