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「今ではゴマキともんじゃ食う」──ZORN『地元LOVE』と日本語ラップの成熟①

はじめに

自分が好きなものは何で,それは何故か?そして今ここで自分ができることは何か?
ということを考えるサンプルとして,ZORN『地元LOVE feat.後藤真希』を例に考えたいと思います.

キーワードは「自己言及の再帰的無限ループ」と,「でもやるんだよ」の倫理です.
ラップは自分を語らないと始まらない.そのため,自己確認が止まらなくなります.
ですので前者はヒップホップで不可避の前提.
しかもこの無限ループは,SNSが浸透した現代社会で生きる私たちも避けることができません.
そして,その中で行動する覚悟が後者です.少しお付き合いいただけると幸いです.

『地元LOVE』は2026年2月17日配信のZORNのシングル.BACHLOGIC制作.地元をレペゼン(represent)するコアなヒップホップ・マナーに,A Tribe Called Questのクラシック曲"Hot Sex"(1992)を引用した楽曲.

つまり古き良き90年代のNYのヒップホップであるBoom Bapが,日本ローカルのヤンキー文化に違和感なく溶け込んで,しかもあのゴマキを地元のヤンキーの姐さんとして再定義している.
ちょっと私たち世代向けですが,現代日本のヒップホップとしてなかなかの表現だと思います.

ヒップホップの「コア」とは何か?

この曲の背景を探るために,まずヒップホップが世界中に広がりはじめた90年代の楽曲を参照してみましょう.

「コア」なヒップホップミュージックは,ミニマルだけど強度の高いビートとベースラインでできています.そこでラッパーは自分がいかにすごいかを,ラップの技術を駆使して表現する.背景に「地元」「仲間」を大事にする価値観があり,先行作品への目くばせもかかせません.

純度が高いのは東海岸のスタイルであるBoom Bapですが,西海岸のギャングスタラップも,上記から大きく離れてはいません.
例えばN.W.A"Straight Outta Compton"(1988).西海岸のギャングスタラップがアイデンティティを獲得した曲です.貧困や暴力のイメージと結びつけられていたコンプトンという街を再定義して,世界中に知らしめました.

現在のヒップホップは,トラップというスタイルでポップスまで拡散していますが,ヒップホップを標榜する以上上記の価値観の中で勝負することは一つの前提です.

ここで「元ネタ」の話

上記のように,『地元LOVE』のトラックはA Tribe Called Quest"Hot Sex"(1992)を明確に参照しています.

"Hot Sex"はLou Donaldson"Who's Making Love?"をサンプリング.この"Who's Making Love?"はヒップホップでは元ネタとして有名曲です.でも"Hot Sex"ではそのままのサンプリングではなく,"Who's Making Love?"からサンプリングした音をチョップして組み替えています.ですので元曲を知っていても,ぱっと聞いてわかるような引用ではありません.
太い音圧の単純な音型がひたすらループされる"Hot Sex"は,典型的なBoom Bapです.
このループは,その後定番ビートとして引用されるようになります.

『地元LOVE』は,"Who's Making Love?"ではなく"Hot Sex"を引用しています.現在ヒップホップでメジャーなスタイルのトラップではなく,90年代NYのBoom Bapを踏襲しているのです.

引用の仕方にも違いがある

引用するなら,どのようにするかがポイントです.
"Hot Sex"使いの有名曲にMary J. Blige feat. Method Man"Love @ 1st Sight"(2003)があります.この曲も"Who's Making Love?"ではなく"Hot Sex"を引用.けれども当時のヒット曲のフォーマットでかなりスマートな作りです.

どういうことかというと,まず純粋なヒップホップではなくR&Bです.歌モノがヒップホップの作りでラッパーが客演しているということがひとつ.
さらに"Hot Sex"のミニマルな音型を単純に繰り返すだけでなく,トラックにコード進行を加えることで展開をわかりやすくしています.

その分今聴くと逆にちょっと古い感じ.当時の流行りものの空気感だからです.
ただ詳しくは説明しませんが,MaryもラッパーのMethod Manも,そしてプロデュースしたP. Diddyもヒップホップの「コア」が何かを知っている面々.だからダンスミュージックとしてポップヒットしたこの曲にも,ヒップホップとしての芯はしっかり残っています.

『地元LOVE』の「ダサかっこよさ」

一方『地元LOVE』に"Love @ 1st Sight"のような洗練はありません.
あえて地元の生活感を前面に出して肩ひじ張らず,カッコつけてもいない.
ギャングスタとして自分たちを誇張して演出したN.W.Aの"Straight Outta Compton"との違いは明らかでしょう.

『地元LOVE』はヒップホップとして地元をレペゼンする,という基本形を踏襲しつつこのバランス感覚が絶妙です.

やはり大きいのが後藤真希のフィーチャーです.しかも元モー娘。の国民的アイドルとしてではなく,地元の人間関係の中に配置されています.ZORNの地元葛飾区に隣接する江戸川区の姐さんという「リアル」な存在です.

「後輩の叔母さんに いーる後藤真希」

そして地元をレペゼンするというヒップホップマナーが基本にあるので,後藤真希を起用しながらポップに寄せない.
でもそもそもゴマキなのでハードコアを演出もしません.生活感のある,いわばダサかっこいいスタイルで良質な作品に仕立てています.

ZORNはシリアスな歌詞の「カタい」韻の中に,お子さんネタなどのユーモアを常に忍ばせてきたラッパーです.
ヒップホップの「コア」を完全に理解しつつ,これを日本で実践することの距離感が彼の真骨頂です.

「自己言及の再帰的無限ループ」と「でもやるんだよ」の倫理

ZORNはMCバトルから名を成したラッパーです.
MCバトルに明らかなように,ヒップホップは自己紹介の音楽ジャンル.常に「俺は誰か」,「どこから来たか」,「何を背負っているか」を語るものです.しかもバトルに顕著ですが,評価は必ず「他者」に依存します.

これは地味にきつい.簡単に自意識のループにハマります.
現代に生きる私たちが,絶えず自分の立ち位置を再帰的に確認しながらふるまうことを余儀なくされていることと同型です.
これが私の言う「自己言及の再帰的無限ループ」です.

ループから抜け出すにはどこかで覚悟を決めて一歩踏み出すしかありません.そこで「地元」「仲間」,などが外部参照軸として機能するのです.
自分のすごさを語り続けるだけではラップは自意識の中で閉じてしまう.けれども「地元」や「仲間」に接続するのならば,それは場所と関係性を背負った行為になります.

『地元LOVE』では,後藤真希というポップ記号を「地元」に取り込み地に足をつけている,ということが特筆に値します.

ヒップホップはアメリカ発の音楽ジャンルです.日本語でラップがそもそも可能なのか?アメリカのヒップホップの「リアル」が日本でも表現できるのか?ということが昔から真面目に議論されていました.
今でも日本語のラップなんかダサいでしょ,と普通に言う人は大勢います.

そんな中で,あえて日本でヒップホップをやる.完全に正統な場所に立てないことはわかっている.それでも,自分の地元,自分の言葉,自分の生活の中で自分ができることをやる.これが「でもやるんだよ」の倫理です.
「勉強ダメ.運動ダメ.でも言われたんだラップはヤベぇ」(最ッ低のMC 2014 Showa Remix)

この『地元LOVE』には,試行錯誤してきた日本語ラップのかなり成熟した形があります.
長年日本のヒップホップを見守ってきたおじさんには,とても感慨深いものです.

次回は94年の『DA.YO.NE』を起点に,『地元LOVE』へと至る日本語ラップ史を概観します.
その後にヒップホップの「自己言及の再帰的無限ループ」について,もう少し深堀りしようと思います.


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