7/弱視はいじめのきっかけになる?自分のこと①
改めて自分のことを振り返ってみようと思います。
最近「自分らしく」とか「自分の心に聴いてみる」などと言っていますが、そもそも「自分」はどんな人間なのか、今の自分に至るまでどんな変遷をたどってきたのか。書くことで明らかになっていくと思います。
※幼少期
幼少期のことはほとんど記憶にありません。断片的な記憶や大人になってから聴かされたことで「自分は大切にされていた」ことを感じることがあります。
眼の病気だったことで、親戚中が私の行く末を心配していたことはいうまでもありません。母方では初孫だったので、週末に家から5分ほどの母の実家に泊りに行って祖母と寝るのが楽しみでした。
大人になってから父の妹である叔母に「お父さんはあなたのことをとても可愛がっていた。」と聞かされ、それまでの記憶から父の愛情を感じた事が多々ありました。
性格は真面目、凝り性。思ったことは何でもコトバにする。そして自由。いつも元気で笑っていました。よく見えなかったこともあって、いつも妹にやられっぱなし。要領が悪く、貧乏くじを引くタイプ。
一方で「自分だけが宇宙のどこかからやってきて、この家においていかれたんじゃないか?」という不思議な感覚に襲われていたこともありました。「私はこの家の子じゃなくて、近所にかかる橋の下から拾われてきた。」と真剣に思った時期もありました。
※小、中学校
小学校低学年の頃は自由奔放にしていたように思います。眼の事で人と違っていることはなんとなく感じでいましたが、家でも学校でも特別扱いされなかったことが幸いしたようです。
ただ、自由に自己表現したらダメ出しされ、「自分が思ったようにするとペナルティを課せられる。」ということを徐々に味わっていきました。
学年が進むに従って様々な形のいじめにあいました。はじまりは3年生。
眼鏡のことや服装の乱れや細かい汚れなど、見えないことで生じる些細なことを取り沙汰され{汚い」「おかしい」などと言われはじめました。
5,6年生の時は女子に見られるグループ内の仲間外れ。中学1年生の時はボス的存在の女子に徹底的に嫌われて、クラス全体対自分という構図になりました。
中学になり環境が大きく変わり、掲示物の案内や校内の移動など、小学校とは違って誰かに頼らないとできないことが多くなっていました。教師からの補完は全くなかったので、自分で関係を作ろうとした中で些細な行き違いがきっかけでした。
その頃まで私は「そんな小さなことは気にしない。」と思っていたので、そこが許せなかったのでしょう。
大抵のことは耐えられましたが、さすがに一人は辛かった。
こんなことがあったからか、2,3年生では小学校の時同じグループだった女子と同じクラスになり再びグループとなりました。表面的には小学校の同級生同士という構図でしたが、今度はその彼女から陰湿ないじめがあり、「早く卒業したい」と思う毎日でした。
幸いにも彼女の成績は学年女子で一番だったので、同じ高校に進むという心配はみじんもなく、こちらは自分の進学のことだけに集中することができました。
ずっと「いじめ」と付き合ってきたので、意識していじめる側に回ったことはありません。
大人になってからもいじめ的なこととはずっと付き合っていくことになります。
お写真お借りしました♡
蒸し暑い一日、穏やかにお過ごしください♪
